本記事は「身体的共創を生み出すサイバネティック・アバター技術と社会基盤の開発」“Project Cybernetic being”が主催したシンポジウムのレポート記事です。本レポートは、3部構成でお送りします。
レポート① “Project Cybernetic being”が目指す未来社会
https://cybernetic-being.org/articles/211015_cybernetic_being_symposium_1/
キックオフシンポジウムでは、研究開発課題推進チームの活動を紹介。今回は6つのグループのうち、認知拡張研究G、経験共有研究G、技能融合研究Gの3グループの代表者が登壇し、その様子をレポートします。
認知拡張研究グループ(Cognitive Augmentation)
身体性と社会性の認知的拡張技術
状況や環境に応じて自分の可能性を自在に引き出せる身体
身体と社会的能力、身体とこころの相互作用を解き明かし、状況に応じてCAの身体性を適切に変化させることで、CAを使用する人の持つ能力を本来以上に引き出す技術を開発します。
モデレーター小原和也(以下、小原):ここからは本プロジェクトを構成する6つのグループのうち、コア技術の研究開発を担当する認知拡張研究G、経験共有研究G、技能融合研究Gの3グループの代表者の方々に、具体的な活動紹介と目的を伺っていこうと思います。まずは認知拡張研究Gの鳴海拓志さん、嶋田総太郎さん、新山龍馬さんにご登壇いただきます。
鳴海拓志(以下、鳴海):東京大学大学院情報理工学系研究科准教授の鳴海拓志です。私はバーチャルリアリティ(VR)や拡張現実感の技術を中心に、身体感覚や認知、心の動きなどの認知科学・心理学の知見を扱う研究をしています。最近では、身体の変容によって心の状態がどのように変わるか、認知機能はどのように変わるのかなど、身体と心の相互作用が面白いと思っていて、その研究結果をどのように社会に還元できるのか、どうすれば我々がよりよく生きるために活用できるのかについて考えています。
嶋田総太郎(以下、嶋田):明治大学理工学部教授の嶋田総太郎です。私は認知脳科学を研究分野として身体性と社会性をキーワードに研究を続けており、脳の中で身体がどのように表現されているのか、また他者とコミュニケーションを取る際にそれらの領域がどのように活動するかなど、人間のさまざまな認知活動において脳がどのように動くのかを実際に脳の活動を計測しながら調べています。異なる身体に乗り移った際に脳がどのように新しい身体に適応するのか、これは脳科学的に非常に興味深い問題でもあり、そういった方面から工学分野への提言をできればと思います。
新山龍馬(以下、新山):東京大学大学院情報理工学系研究科講師の新山龍馬です。私はロボット研究者としてソフトロボティクス、柔らかいロボットというものを専門としています。ロボットと人間の関係やロボットと人間の違い、ロボットと生き物の違いなどに興味を持っており、人間と関わっていくロボットをこのプロジェクトの中で作っていけたらと思っています。
小原:ここからはグループリーダーの鳴海さんに認知拡張研究Gの活動概要についてご説明いただければと思います。このグループでは、どのようなビジョンに取り組まれているのでしょうか。
鳴海:我々がアバターを使う時、大抵は自分と全く異なる身体を使うことになるかと思います。その際、自身と全く異なるサイズ・形状のアバター、あるいは蛇型のアバターやドローンのような人間から大きくかけ離れたアバターなどをそもそも本当に扱えるのかが課題になるはずです。その課題を解き明かすことが認知拡張研究Gのひとつの目的です。また、それらのアバターを使うことで使い手の心理にどのような変化が起こりうるのかを事前に把握しておく必要があります。社会に浸透した時に予測していなかった影響が出てしまいかねないため、その点を前もって究明することも目的としてあります。
加えて、それらのアバターを長期的に使うとどうなるかも検証しなくてはなりません。社会の中で使い続けることで使う人にどのような影響を与えうるのか、その人はどのように変わるのかについても興味をもっています。起こりうる影響を制御することができれば、緊張せずに人前で話せるようになるアバターや、アイデアを出す時はクリエイティブになれるアバターなども実現できるかもしれません。心と体の相互作用を理解して適切なアバターを使えれば、TPOなどに応じてなりたい自分になれるはずと考えており、そのような可能性を見越した研究活動を認知拡張研究Gでおこなっていく予定です。
小原:緊張せずに人前で話せるようになるアバターなどのお話がありましたが、心理状況に応じて行動が制限されてしまうことは日常の中でも少なくありません。我々の身体は脳の認知や認識によって機能が制限されてしまうことはあるのでしょうか。
鳴海:我々が身体の能力を発揮する上で、いくつか心のリミットのようなものが存在します。例えば、身体に負荷がかからないように身体機能をわざと制限するように脳が作用することもあります。アバターの使い方によってはそのリミットを外せるということが近年明らかになりつつあります。例えば、筋肉質のアバターを使ってものの持ち運びをすれば、実際の身体でも筋肉の動きが変わるということがわかっています。また、アインシュタインのアバターを使ってテストを受けると、自分に似たアバターでテストを受けた時よりも成績が上がるという研究結果も発表されています。
さらに心のリミットは人間が持ち得ない能力を発揮する際に顕著に現れます。例えば、人間には飛行能力がないため、ドローンのように飛行する身体を扱うことは難しいとされています。しかし、自身が飛行しているイメージを認識しやすいもの、例えばドラゴンのようなアバターを設定すれば比較的正確に空中移動をできることがわかってきています。ただし、これまでの研究結果はVRをベースにした研究結果がほとんどです。そこで物理空間にあるロボットを使ったケースを検証したく、新山さんにグループに入っていただいています。
心のリミットは様々な面で存在しており、それらを一時的にでも外すことができれば我々の能力をさらに引き上げることができるかもしれません。人間が元々持っていない能力を獲得する方法にも興味があるため、そのリミットを外していく方法の探求も今回のプロジェクトで解明できればと考えています。
小原:ありがとうございます。では、従来の身体とは異なる能力を発揮するアバターが社会に一般化していくために、脳科学の視座からどのような課題を解消する必要があるのでしょうか。
嶋田:予測したものとのズレを認識した時や思い通りに行かなかった時に反応する脳部位があることがわかっています。その反応を起こさない状態をつくれれば、スムーズに自分の身体としてアバターを操作できているということになると考えています。
先ほどの鳴海さんのお話であれば、ドローンのような人間の身体からかけ離れた形状を自己として認識するよりも、比較的形状の近いドラゴンを自己として認識した方が、脳の活動がスムーズに行われているかもしれないと考えています。その事例と同様に、アバターを自己にスムーズに取り込めている状態はいかに実現できるのかということをこのプロジェクトで検証していければと思います。
小原:ありがとうございます。では、そのアバターの一種となり得るロボットについて、どのような機能を備えているべきなのでしょうか。また、社会に普及する上での条件なども含めてどのような課題があるのでしょう。
新山:アバターロボットは各所であらゆる形状のものが発表されていますが、今なおどのような形状であるべきか、どのような機能を備えているべきなのかがわかっていません。ロボットも質量を持った存在なので我々の身体同様、不自由なところはやっぱりあるんです。その点についてこのプロジェクトを通して、お2人にご協力いただきながら指針を見つけていければいいなと考えています。
また、ロボットが普及するためには低価格化などが不可欠です。その可能性を探るため、最近では複雑な機構を持たない風船のようなロボットも開発しています。風船ロボットに関して言えば、幽霊のようにどこでも実体化できるという特徴があると考えていますが、それらのロボットが他者からどのように受け入れられるのかは気になります。
鳴海:最近、新山さんとコラボした展示を行なっているのですが、この風船のロボットが思いの外子供たちから人気だったんですよ。急に出てきたら怖がるのかなと思ったのですが、こういう柔らかくてパッと現れるものの方が受け入れやすいのかもしれません。ロボットに対する人のリアクションであったり、接し方などはこれから調べていきたいと思います。
嶋田:たしかに、どのようなアバターであれば脳が比較的柔軟に順応できるのかは考えていきたいですね。自分が思ったようにコントロールできるのかどうか、鳴海さんがおっしゃっていた心と身体の関係、自己認識の変化が身体性にどのような影響を与えるかなど、脳科学的に検証すべき要素が多いはずなので、データで立証しながら、あるべきアバターの身体像を提案できればと思います。
小原:認知拡張研究Gのみなさん、ありがとうございました。
経験共有研究グループ(Parallel Agency)
経験の並列化と融合的認知行動技術
自分の身体経験を並列化して異なる時空間を同時に知覚し行動できる身体
ひとりが1つの身体を持つ前提を超えて、ひとりが複数のCAを通じて並列的な身体経験を得るために、複数身体の主体感と⾃⼰連続性、感覚の融合的知覚を通じて、複数CA間の流動的なトランジションを可能にする融合認知行動技術を開発します。
小原:続いて、経験共有研究Gの笠原俊一さん、柴田和久さん、カイ・クンツェさん、安藤健さんにご登壇いただきます。
笠原俊一(以下、笠原):ソニーコンピュータサイエンス研究所の笠原俊一と申します。専門はヒューマンコンピュータインタラクションで、人間とコンピュータがどのように相互作用するべきか、どういった関係が望ましいのかを考えながら、人間の能力拡張・知覚拡張を研究しています。
人間はコンピュータによって能力を拡張すると言われていますが、拡張が進んだ先にどこまでを自己とするのかが非常に曖昧になっていくはずです。これはこのプロジェクトの中でも非常に重要な問いになるはずで、人間の拡張性を探求する中で、人間はどこまで自分でいられるのかをこのプロジェクトを通して解き明かしていきたいと考えています。
柴田和久(以下、柴田):理化学研究所脳神経科学研究センターの柴田和久と申します。専門は認知神経科学で、特に経験を通じた脳の可塑性と潜在認知過程を、心理実験やMRIによる脳活動測定などを用いて研究しています。
我々はこれまでの歴史の中で、2つ以上の身体を持つという状況を体験したことがありません。ですので、実際に複数のアバターを同時に動かすことが可能かまだわかりません。ただし人間は新しい技術に早く適応する能力があるため、もしかしたら2つ以上のアバターを同時に動かすことができるようになるかもしれないと考えています。このプロジェクトではその可能性を探っていければと思います。
カイ・クンツェ(以下、カイ):慶應義塾大学メディアデザイン研究科教授のカイ・クンツェです。ヒューマンコンピュータインタラクションやウェアラブルコンピューティングを専門としています。
個人的に人間の情動に興味があり、あらゆる状況における一挙手一投足や心理的状況を、JINS MEMEのようなウェアラブルデバイスやEDA、心拍数センサーなどから読み取り、皮膚電気活動などの生理学的反応分析をする研究を行なっています。このプロジェクトでは、収集したデータをアバターでどのように再現できるのかを探求できればと思います。
安藤健(以下、安藤):パナソニックの安藤健と申します。普段はロボティクスの要素技術の研究開発やサービスロボットの実用化などを行なっています。
一般的にあらゆるものごとの自動化をロボットに期待されるかもしれませんが、ロボット技術はまだまだ未熟であるため、完全な自動化だけではなく、人とロボットが得意領域を分担することが不可欠です。なので、少ない人数で多くのロボットの稼働をサポートできるような技術開発および社会実装に向けた取り組みをこのプロジェクトで進められればと思います。
小原:では、グループリーダーの笠原さんから、経験共有研究Gの活動概要についてご説明いただければと思います。
笠原:我々は自分の身体に体験や人生が強く依存している存在です。そして、これまではひとつの身体でひとつの人生しか生きられなかったはずです。しかし、もしサイバネティック・アバターを実用化できればその限界を突破できるかもしれません。この経験共有研究Gでは、1人の人間がひとつの心でひとつの身体を動かすという人間の大前提にチャレンジしていきます。
従来のあり方を「One mind one body」と呼んでいるのですが、このプロジェクトでは、複数の身体を通じて多様な人生を生きられるようにすることがポイントになります。ただし、それを実現するためには本当に複数の身体を同時に操作できるのか、知覚・認知できるか、そもそも異なる身体で異なる人生を生きることになると自分自身の本来の人生はどうなってしまうのかといった、体験の共有や経験の共有が課題となってきます。
さらにそれを人間の脳は本当に受容できるのか、それを産業として評価して普及させられるのかも検討していくため、それぞれの分野の専門家である方々とチームを構成して取り組んでいきます。
小原:経験共有研究Gでは現在はどのような取り組みをされているのでしょうか。
笠原:まずは、1人の人間が2台のロボットを使って卓球の試合をしてみる「パラレルピンポン」という実験を始めました。この実験を通して、1人で2人分の身体を生きるためにはどのような技術的要件が必要になるのか、どのような研究課題が求められるのか、が見えてくると考えています。
小原:このような実験を行う際、まだわからないことが多いかと思いますが、脳科学的にどのように分析ができるのでしょうか。
柴田:これまでの脳科学研究、心理学研究の成果だけでは把握しきれない部分がありますが、神経科学が培ってきた知的体系を応用すればある程度説明できるかもしれません。それらの知見と技術をうまく組み合わせれば新しいメカニズムを解明することができるかもしれませんが、やってみないと正直わからない部分が多くあります。今後このプロジェクトの中で少しでも進展させられればと考えています。
笠原:まず仮説としてもっていることして、人間の意識はやっぱりひとつなんじゃないかということです。しかし、そうであったとしても、脳科学研究、心理学研究とエンジニアリングの組み合わせから、複数のアバターから得た経験を実質的に並列体験・共有できる設計が可能になるのではと考えています。
柴田:人間は複数の行動を同時に行なったとしても、おそらくどこかのタイミングで情報を統合しているとは思うんですよね。パラレルプロセッシングもどこかのタイミングで脳としてひとつに統合されているはずです。このグループでテクノロジーとニューロサイエンスの交差点の面白いところを掘っていきたいですね。
小原:情動を計測・可視化する技術、アバターロボットに応用する技術はまだまだ研究開発の途上にあるかと思うのですが、今回のプロジェクトではどのようなことに取り組まれるのでしょうか。
カイ:実際、情動的なコンテキストをどのようにデータ化し、異なる身体であるアバターで再現することができるのか、正直明確な方法論はわかっていません。ただ、生理的なリアクションを計測・収集する機器はいくつかあるため、このプロジェクトでは獲得したデータをアバターのパフォーマンスにエンコードできればと思います。同時に、アバターを操作することで生じるストレスなども計測して検証していきたいですね。
小原:では最後に、社会実装に向けて現在どのような実証実験が行われているのでしょうか?また、現時点で検討すべきと考えている課題とはどのような点にあるのでしょうか。
安藤:パナソニックでは藤沢市で宅配ロボットを使った配送サービスの実証実験を行なっています。1人で複数台のロボットを管理するアプリケーションはすでにあるのですが、台数が増えていくと管理が難しくなりそうな場面が想定されます。何台までであれば、作業負荷が高くならず、楽しく作業ができるのかが大事になると考えています。このようなひとがウェルビーイングと感じる範囲を意識しながら心理状況の計測や設計、開発をしていければと思います。
技能融合研究グループ(Collective Ability)
身体技能の多様性融合技術
自分と他者の技能を融合して個人の能力を超えられる身体
複数人がCAに同時接続し、互いの感覚と運動を共有しながら行動することで、身体の多様性を包摂して他者の技能を自分の身体に取り込みます。 このような技能のデジタル化と融合により、CAを通じて個々人の能力を超えた高度な技能を発揮できる技術を開発します。
小原:では最後に、技能融合研究Gの田中由浩さん、チャリス・フェルナンドさん、大澤博隆さんにご登壇いただきます。
田中由浩(以下、田中):名古屋工業大学の田中由浩と申します。普段はロボティクス・メカトロニクスを応用した触覚の研究や身体認識などと関連する知覚原理の研究、それらに関連する技術開発に取り組んでいます。
触覚は対象物だけでなく、指のサイズや硬さなどの個人の身体的特徴に強く依存した感覚です。自分自身では知覚できない他者の感覚世界を知りたいという関心から研究しているのですが、このプロジェクトでは他者とうまく関わり合いながら技能や感覚を共有する方法を探求できればと思います。
チャリス・フェルナンド(以下、チャリス):avatarin株式会社CTOのチャリス・フェルナンドです。avatarin株式会社は、アバタープラットフォームの運営やアバターロボット開発などの事業に取り組んでいます。今回のプロジェクトでは、個人の技能データを機械学習させて、異なる個人でも使えるようにするためのシステムやツール、プラットフォームを研究、開発していく予定です。
大澤博隆(以下、大澤):筑波大学の大澤博隆です。ヒューマンエージェントインタラクションを専門に、擬人化された人工物や他者を感じさせるような人工システムの研究を広く行っています。特に、人工物の擬人化や人狼などのコミュニケーションゲームを通じたエージェントの研究を取り組んできました。
今回のプロジェクトでは特に、複数人の人間が同時に作業をする時に、どのように意図の調停を実現するのかをミッションに研究を行っていきます。サイバネティック・アバターは複数の人間の意識が1つの身体の中で融合するメディアであると捉えているため、その観点から研究を進めていければと思っています。
小原:これまでのグループにならって、グループリーダーの田中さんに技能融合研究Gの活動概要についてご説明いただければと思います。
田中:技能融合研究Gは1台のアバターロボットに複数人が接続して、お互い固有の技能を活用し合いながら、新たな技能の発揮を目指すグループです。グループとして、感覚レベルでどの程度他者と融合できるのか、運動レベル・意図レベルの調停をどのように成立させうるかが非常に大きなチャレンジになってくると考えています。技能のデジタル化にも取り組みつつ、時空間を超えて多くの人があらゆる技能を活用して新しい能力を発揮できる世界をつくっていきたいと考えています。
小原:具体的には現在どのような研究に取り組まれているのでしょうか。
田中:まず最初に、1台のアームロボットに2人のオペレーターが同時接続する実験に取り掛かっており、どのような様式が適切か調査しています。
具体的には2つの様式パターンを検討しており、まずひとつは文楽のアイデアを参考に、各オペレーター行動の役割を完全に分担させるパターン。もうひとつは運動を共有するパターンです。例えば各オペレーターが50%50%ずつに互いに操作をしてロボットに反映する方法であったり、技能者が80%、学習者が20%の操作を担う方法をチャレンジしています。いずれにせよ、何かの技能の伝達や伝承に結びつけられないかと、ファーストトライアルとして検討しています。現在の技術を活用すると感覚や触覚はすでに共有できるようになっているので、これからさらにシームレスにお互いがうまく融合できるシステムを開発していければと考えています。
小原:技能をデジタルデータとして共有するためにはまず記録していく必要があるかと思います。個人の技能をデジタルデータとして記録・共有するために最初はどのようなことに取り組まれているのでしょうか。
チャリス:ロボットを動かすためには映像や音声、触覚など各種情報を整理し、それらを再構成する必要があります。まずは、収集したデータを目に見えるわかりやすい形式に変換するツール、および簡単に模倣学習のプログラムをつくれるようにしたツールの開発に取り組んでいます。そのツールを使いながら、アバターの学習モデルをつくっていきたいと考えています。ゆくゆくはひとつのロボットで学習させた内容を他のロボットでも使えるようにしていければと思います。
小原:ありがとうございます。大澤さんは操作主体同士の意図の調停というお話をされていましたが、そのプロセスではどのようなことを実現する必要があるとお考えなのでしょうか。
大澤:現時点では操作をする主体がなるべく活躍できるように、他の誰かがサポートする形式を想定しています。その際、サポートする人とメインで操作をする人それぞれが、意図することにズレが生じることがあり得ます。そのズレを修正するために、言葉でコミュニケーションするよりも、お互いが身体感覚的に理解できればスムーズになるはずです。行うタスクによって伝えたい情報は変わるため、まずは身体ジェスチャーをベースとした意図の伝達にどのようなカテゴリーがあるのかを今後調べていければと考えています。
田中:お互い相手が操作していることが感覚的に伝わる仕組みがあれば、相手の癖や動かし方に関する予測モデルが成り立つのではないかと考えています。操作主体同士の非言語様式での低次と高次のコミュニケーションを組み合わせたシームレスな融合を目指しているのですが、この非言語でのコミュニケーションは何の学習もなしに操作主体が順応できるものなのでしょうか。
大澤:やはりいきなりすぐにとはいきません。少しづつ繰り返すうちにお互いの間にシグナルのようなものが生まれ、理解できるようになっていきます。タスクによってそのシグナルのようなものは変化していくため、このプロジェクトで解明できればと思いますね。
小原:この技術が実現できれば、教育プログラムや技能習得のプロセスに応用できる可能性があるかと思います。
田中:おっしゃる通り、教育分野での応用がきく技術になるのではないかなと考えています。個人的に、技能のデータ化を通して言語化しにくい技能者の暗黙知・身体知が顕在化されることを期待しています。運動の役割分担などを通してそういったものを炙り出せればなと。データ化がうまくいけば見える化もできるかもしれないですし、モジュールとして扱えるようになりなるんじゃないかなと思っています。
少し未来の話になりますが、サイバネティック・アバターネイティブという世代が現れた時、自分の身体から拡張したアバターを使うことを前提とした新しい教育方法もあるかもしれませんね。
小原:最後に、今後期待することについてお聞かせください。
田中:ものづくりの現場にはさまざまな技能がありますし、芸能分野には伝統文化的な技能なども存在します。特に期待するのは技能者がアバターを通じて、遠隔地にいる方々と共同で作業できるようになれば面白いなと。国内外問わず、文化的な背景が異なる人同士が互いの技能に触れることで新しいなにかが生まれ発展していく未来を想像しています。
小原:みなさま、ありがとうございました。
(TEXT:秋吉成紀)