『Cybernetic being symposium ―身体的共創で生み出すサイバネティック・アバター社会の未来―』レポート① “Project Cybernetic being”が目指す未来社会

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本記事は「身体的共創を生み出すサイバネティック・アバター技術と社会基盤の開発」“Project Cybernetic being”が主催したシンポジウムのレポート記事です。本レポートは、3部構成でお送りします。

 

日本発の破壊的イノベーションの創出を目指し、より大胆な発想に基づく挑戦的な研究開発を推進するムーンショット型研究開発制度。

 

その目標1である、「2050年までに人が身体、脳、空間、時間の制約から解放された社会を実現」を目的とする研究開発プロジェクト、「身体的共創を生み出すサイバネティック・アバター技術と社会基盤の開発」“Project Cybernetic being”がスタートした。

 

同プロジェクトには、サイバティック・アバター(CA)による身体的共創を実現するための研究開発を基盤に、情報工学、ロボット工学、認知科学、脳科学、法学、デザインなど幅広い領域の研究者と、実社会の現場で事業に取り組む企業・スタートアップのメンバーが結集。研究者、事業者、当事者、生活者など、多様な人々との共創によって未来社会の実現を目指し、基礎研究や技術開発にとどまらない社会実装を前提とした研究活動を実践していく。

 

2021年10月15日に、キックオフミーティングとして、『Cybernetic being symposium ―身体的共創で生み出すサイバネティック・アバター社会の未来―』を開催。本シンポジウムでは、プロジェクト推進リーダーが一堂に会し、サイバネティック・アバター社会の到来とその可能性について議論された。

 

キックオフミーティング冒頭では、プロジェクトマネージャーである慶應義塾大学の南澤孝太氏が、Project Cybernetic being全体の概要と目的を紹介。同シンポジウムの様子をレポートする。

 

 

「Project Cybernetic beingが描く未来ビジョン」

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南澤孝太(以下、南澤):科学技術振興機構 ムーンショット型研究開発目標1「2050年までに、人が身体、脳、空間、時間の制約から解放された社会を実現」研究開発プロジェクト、「身体的共創を生み出すサイバネティック・アバター技術と社会基盤の開発」“Project Cybernetic being”のキックオフシンポジウムを開催させていただきたいと思います。

 

このプロジェクトのきっかけの1つとも言えますが、現在我々が直面している新型コロナウイルス感染症などによって、これまで当たり前だったコミュニケーション、特に他者とのふれあい、お互い肉体的に一緒に何かをするということに大きな転換が訪れました。

 

一方でこうした状況下においても、我々人類はこれらの障害に解決策を見出していくもの。今回のシンポジウムもオンライン空間を駆使しつつ開催しております。世界中でも各企業がメタバースと呼ばれるサイバーワールドをつくり、その中での活動を開始していますし、現実の都市空間をオンライン空間に再現したデジタルツインと呼ばれる世界もいま目の前に実現しつつあります。このように、技術をもってサイバー空間オンライン空間を活用しながら新しい形式の活動をする事例はたくさん生まれ始めています。

 

それらと同様に、バーチャル空間に限らず、ロボットを使うことでリアルの別空間で活動できる技術も生まれつつあります。ロボットアバターと呼ばれるような技術は世界各地で研究・開発が進んでおり、これらの技術によって、自身と他者の身体が触れ合わなくとも空間を超えて活動できる新しい形式のコラボレーションの姿も見え始めています。

 

例えば、病院で対面面接を行えない状況下でもフィジカルディスタンスを保ちながら、ソーシャルコネクションを繋いでいくことも可能です。あるいは、入院中など何らかの事情で外出できない方が外で家族や友人にあったり、旅行に行ったり、働いたりすることもできます。こういった事例は次々に生まれてきているのです。

 

先進的な事例に触れるにつれ、我々は行動に進化した社会に生きているように思えますが、1つのウィルスに世界的な影響を及ぼされるほどに脆弱だったのかもしれません。ただ、今回もパンデミックのような事態も含めて、生まれつき持った障害や社会的に生じる障害など我々に降りかかるさまざまな障害、さまざまな生きづらさは、テクノロジーの支援によって解消できるのではないでしょうか。

 

我々人類は有史以来、あらゆる障害を克服する手段としてさまざまな道具を開発してきました。例えば、眼鏡をすることによって視力が弱いということはあまり障害とは捉えられなくなっていますよね。

 

このようにあたらしい道具をつくることができれば、現在社会の中でさまざまな障害を抱えられている方々が、その障害を越えて活動できるようになるのではないか。身体の障害、病気や怪我、高齢化とそれに伴う介護問題、グローバル社会におけるさまざまな生活圏や文化、言語など、ありとあらゆる違いというものをうまく取り込めれば、多様性を生かしながら活動できるようになるのではないか。新しい道具として、我々がもう1つの身体を手に入れたらどうなるのだろうか。これが、このProject Cybernetic beingの大きなビジョンです。

 

「サイバネティックアバターが生み出す身体的共創」

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プロジェクトマネージャーの南澤孝太(慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科 教授)

このプロジェクトでは、サイバネティック・アバター(以下、CA)と呼ばれる、もう1つの身体を作っていこうと考えています。我々ひとりひとりがもう1つ、あるいはもう2つ3つの身体を持つことができれば、私たちが肉体に縛られることによって生じているさまざまな障害を克服できるのかもしれません。

 

例えば、距離を超えたコラボレーションができるかもしれない。あるいは、全く異なる地域の人々と家族やコミュニティを作れるかもしれない。あるいは先天的、後天的問わず身体に障害が生まれても、もう1つの身体の方では自由自在に活動できるのではないか。このように、もう1つの身体であるCAが生み出す新しい社会こそが、我々が目指すサイバネティックビーイングという概念です。

 

本プロジェクトではこのサイバネティックビーイングという概念がもたらす新しい社会を2050年までに実現することを目指して、いくつかの研究活動に取り組んでいきます。

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プロジェクトの目指す未来ビジョン

我々はこのテクノロジーを使った新しい身体があれば、その身体を使って新しいコラボレーションが生まれるのではないかと考えており、そのことを「身体的共創」と呼んでいます。そして、この身体的共創は大きく分けて3つの概念から成っています。

 

1つ目が認知拡張。我々がアバターを使う際、そのアバターのデザインはいかようにもすることができます。自分に似せたアバターを使うこともできれば、4本腕を持った能力が拡張されたアバターを使うこともできるかもしれない。あるいは、見た目もジェンダーも年齢も、自身と全く異なるバックグラウンドの人を模したアバターを使えるはずです。果ては、人類を超えて動物になってみたり、世の中に存在しない新しい生き物になってみたりもできるでしょう。その時に我々が感じるであろう経験は、恐らく僕らが生身で感じている経験とは大きく異なるはずです。全く別の種、別の個性、別の人格で活動することで我々の認知は拡張できるのではないか。これが認知拡張という概念です。

 

2つ目は経験共有。もし2つ3つと異なるアバターを同時に操ることができれば、その人は異なる時空間に同時に複数存在することができるかもしれません。1つは現実の身体がここにあり、2つ目はバーチャル世界にあり、3つ目は全く異なる環境で別の活動をしている、というようにパラレルな経験を全て共存させることを経験共有と呼んでいます。

 

最後に3つ目は技能融合。これは1つのアバターに複数人が入った場合に起きうる概念です。例えば、異なる専門技能を持つ人が2人1つの身体に入った場合、各個人の技能を超えた能力を備えた身体が生まれることになります。多様な人々が持つ多様なスキルをこのアバターという概念のもとに集約することによって生まれる新しい身体の可能性のことを技能融合と呼んでいます。

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シンポジウムは、オンラインとオフラインを交えたハイブリッド形式で開催

身体的共創が実現できれば、異なる身体でお互いの経験や技能を共有してお互い助け合える遠隔互助社会が生まれるかもしれない。個人が持つ経験や技能をデジタル空間内に共有・流通することで他者の能力を活用しながら自ら新しい活動に取り組める技能流通社会、経験流通社会が生まれるかもしれないと考えています。

 

それらの社会が成り立てば、我々を取り巻く身体的あるいは社会的な障害のいくつかを乗り越えることはできるはずです。さらにはさまざまな地域で個々人が融合しながら新しいものを生み出そうとする活動が活性化し、人間社会のコミュニティの力は上がるとも考えています。その世界においてどのような新しいものが生まれるのかについても我々は興味を持ってこのプロジェクトに取り組んでいきます。

 

「Project Cybernetic beingを構成する6つのグループ」

その社会を実現するため、このプロジェクトでは6つのグループが活動を始めております。

 

まずは、認知拡張研究G、経験共有研究G、技能融合研究Gという3つがそれぞれに対応した技術をつくるグループです。これらのグループに関しては、テクノロジーとしてそれらをどのようにサポートしていくかが1つ重要なポイントとなります。

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プロジェクトの6つのワークグループ

例えば、自分がCAを含めて3箇所に同時に存在する場合、それぞれで見たもの聞いたものをどのように認知するのか、それぞれの身体をどのように動かすのかについては、新しいテクノロジーが不可欠であるため研究開発に取り組む必要があります。

 

また、人間は道具と共に進化してきた生き物です。これらのグループの中では、どのようにCAと付き合っていくことができるのか、脳の構造や身体のメカニズムなども踏まえてそのテクノロジーによって人間自体がどのように変化するのかも合わせて研究していきます。

 

それら3つのコア技術グループに次いで、4つ目がCA基盤G、つまりプラットフォームを研究するグループがあります。将来的に、数百万人がCAを使えるほど社会に普及するためには、非常に広範なスケールでCAが活用されうる環境、大規模インフラが不可欠です。それらの課題を見据えて、個々人の経験や技能が流通する新しいネットワークの構築について、このグループでは研究していくことになります。

 

技術とプラットフォームに加えて、CAがどのような価値を生み出しうるのかを同時に考えていくことが重要になります。5つ目となる社会共創Gがこの課題にあたります。現在障害を抱えている方々がこのCAによってどのように活躍できるようになるのか。高齢化社会においてシニア層の方々がこのCAを用いてどのようなことを実現できるようになるのか。それらのCAによって生まれうる価値を実践的に示していくのが、この社会共創Gの目的となります。

 

そして、ただ単に技術を作るだけでなく、それによって起こりうる社会の変化も考えなくてはなりません。将来的な社会課題を検討していくのが、6つ目となる社会システムGです。現行の法制度や社会制度、常識の中ではもしかしたらCAやサイバネティックビーイングという概念は成立しないかもしれません。例えば国外にいる自分のCAは法律上どのように扱われるべきなのか、入国の概念はどうあるべきかなど、解決しなくてはならない問題は山積みです。それらの問題について先駆けて研究しておけば、新しい技術がスムーズに浸透していけるでしょう。このグループでは、それらの倫理や社社会制度のデザインに取り組んでいきます。

 

「ひとりひとりの可能性を最大限高める社会を目指して」

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これらの6グループでこれから5年間活動を行ってい予定です。今回のプロジェクトではCAという新しい身体から生まれうる社会の実現をミッションに掲げ、さまざまな問題解決とより人々が活発に生きられる世界を作っていきたいと考えております。今後は研究者に限らず、さまざまな企業・団体、行政などと連携しながら、実際にCAを使うユーザーとなる人々と一緒に考えていく予定です。

 

これまでの人間拡張の議論においては、例えば力が強くなるであったり、より速く走れるようになるなであったりと、比較的数値的かつ量的な人間拡張に主眼が置かれていたかと思います。しかし、これからはQOLを高めるためのより質的な人間拡張を目指していければと思っています。このプロジェクトを通じて、ひとりひとりの人間が自分の可能性を最大限高めていける社会を目指して、新しい社会構造をつくっていきたいと考えています。

 

 

CAが最終的に我々人間が一生のうちに得られる人生経験の多様性を拡大して、ひとりひとりが社会の構成員としてより広い価値観でよりアクティブに生きられるかもしれない。そして、生まれ持った身体の制約と限界を超えて、CAを通じて個々人の多様な経験と技能を流通させることによって、人々が一生分をはるかに超える豊かな人生経験を獲得できるかもしれない。そういった未来社会を目指して、このプロジェクトとして活動していきたいと思います。

 

(TEXT:秋吉成紀)

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受付や登壇者には、アバターで参加するメンバーも
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