Cybernetic being Vision vol.5 ー「人らしさ」をつくるテクノロジーの設計(大澤博隆)

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Cybernetic being Visionとは、ムーンショット型研究開発事業 ムーンショット目標1「人が身体、脳、空間、時間の制約から解放された社会を実現」の達成に向けた研究開発プロジェクト「身体的共創を生み出すサイバネティック・アバター技術と社会基盤の開発」の研究開発推進を担う研究者の思考に迫り、きたるべき未来のビジョンをみなさんと探求するコンテンツです。

 

大澤 博隆

慶應義塾大学理工学部管理工学科 准教授/筑波大学システム情報系 客員准教授

2009年慶應義塾大学大学院理工学研究科開放環境科学専攻博士課程修了。2022年より、慶應義塾大学理工学部管理工学科准教授/筑波大学システム情報系客員准教授、HAI研主宰者。ヒューマンエージェントインタラクション、人工知能の研究に幅広く従事。共著として「人狼知能:だます・見破る・説得する人工知能」「人とロボットの〈間〉をデザインする」「AIと人類は共存できるか」「信頼を考える リヴァイアサンから人工知能まで」「SFプロトタイピング: SFからイノベーションを生み出す新戦略」など。監修として「アイとアイザワ」「SF思考 ビジネスと自分の未来を考えるスキル」など。人工知能学会、情報処理学会、日本認知科学会、ACM等会員、日本SF作家クラブ理事。博士(工学)。

ウェブサイト:https://hailab.net/

サイバネティック・ビーイングは、人類が手にするテクノロジーでできた「もうひとつの身体」。そのグランドデザインに必要なことは、その身体にどのような「人らしさ」を与えるかということ。「ヒューマンエージェントインタラクション」の研究者である大澤博隆は、「人らしいもの」と共存する人類社会までを見渡して、「人らしさ」をつくるテクノロジーを研究する。

人間は「人らしさ」でつながる

私の研究分野は「ヒューマンエージェントインタラクション」です。人間と意思疎通を行う人工物、つまりロボットやアバター、スクリーン上のエージェントの「人らしさ」について研究する分野です。ヒューマンエージェントインタラクションの中で、まず私が取り組んできたのは「擬人化」に関する研究です。擬人化と言っても、いわゆる人に似たロボットやエージェントをゼロからつくるというアプローチではありません。「人らしさ」を感じさせる要素をロボットやエージェントに実装するという方法で研究をしています。

 

たとえば、遠隔にいる人たちがアバターをつかってコミュニケーションをするとき、些細なことではありますが、頷きや、少し人間らしい動作を入れることで、意図を通じやすくしたり、コミュニケーションの質を上げる研究です。
たとえば「視線のファシリテーション」の研究では、アバターにコミュニケーションする相手と同じ方向に視線を向ける機能を実装し、実験を行いました。タスクの成績には目立った影響はなかったのですが、好感度や意欲を高める効果があることが確認できました。

 

人間が何かとインタラクションをするとき、そこに「人らしさ」を確認できるものを介在させることで、その質を意図的させることができます。そうした介入の設計を行うことがヒューマンエージェントインタラクションです。

 

人工知能を「人らしく」する

また、ヒューマンエージェントインタラクションの研究の中で私がもっとも興味があるのは、「社会的知能」です。
社会的知能は、社会の中で適切にふるまうための知的能力のことです。たとえば他人の意図を推測するというような能力がそうです。
そして社会的知能こそが人間の脳を発展させてきたのではないか、という生物学上の仮説があります。もしもこの働きを人工知能に与えることができれば、人間の脳と同様に賢くなるだろうと考え、研究をしています。

 

たとえば、実際に社会的知能のような振る舞いをする人工知能をつくり、「囚人のジレンマ(*1)」の中でどのように進化するかを検証したことがあります。「囚人のジレンマ」においては、人工知能のエージェントは他人の意図を推測するためのモジュールを持つ必要があります。このモジュールを持つことで、エージェントの知能は複雑化することを実際にシミュレーションで検証しました。
他にも、ボードゲームの「Hanabi」を使った同様のシミュレーションも研究で行ったところ、Facebookやデープマインドが同じく「Hanabi」を用いた研究を進めました。

 

人工知能は今後人間社会との融合が進みます。そうしたときに、人間と関わりやすい人工知能を模索することも、ヒューマンエージェントインタラクションの研究なのです。

 

技能融合・経験融合のベースにある人工知能

プロジェクト「サイバネティック・ビーイング」では、「アバターを介した二者間、他者間の意図調停」というタスクに「デジタル二人羽織」という実験で取り組んでいます。つまり、実際の技能融合・経験融合をしていくときに、複数の人格や人工知能とどのように意図の調停を行うかという実験です。デジタル二人羽織ではサイバネティック・アバターに主操作者と伴操作者が入り、積み木などの共同作業を行います。伴操作者は人間である場合と、人工知能である場合もあります。まず、この実験の前提として考えたことは、体験価値をどこに置くかです。

 

たとえば、サイバネティック・アバターに入った人の体験価値の上げ方のひとつとして、作業の成績などの作業価値を上げるという方法があります。これは非常に簡単で、要するに強力な人工知能を入れて、非常に正確な作業ができたり、高速な作業ができるようにアシストすれば良いわけです。しかしそうなると、主操作者が「楽しくない」という状況が発生します。人工知能が強力にアシストしているわけですから、主操作者は「自分が操作をしている」と感じる「操作主体感」を失ってしまいます。サイバネティック・アバターは、質的な人間拡張を実現することを目的としているため、この状態では良い技能融合は実現できません。よってサイバネティック・アバターの体験価値としては主操作者を楽しくさせること、つまり操作主体感を高めるということを前提としました。

 

主操作者を楽しくさせるためには、サイバネティック・アバターと強い相互作用を持たせる必要があります。そのためには、操作主体感を損なわせないように、人工知能で制御をかけながら、伴操作者の作業を融合していく必要があります。

現在は実際にシステムをつくり、システムの中で主操作者と伴操作者の意図調停が本当にうまくいくのかを検証しています。

 

「人らしい」人間拡張を目指して

まだ完成形は見えないですが、サイバネティック・アバターにおける技能融合や経験融合は、高度な人工知能技術によってその融合具合を制御し、使用者にフィードバックするという方法をとることになると考えられます。

 

問題はこの方法が本当に「人らしい」インタラクションを実現するのか、ということです。結果として技能融合や経験融合は果たされるかもしれませんが、それらは人工知能技術によって制御されています。つまり、実際に「融合している」という感覚は、錯覚とも考えることができる。それを「人らしい」、つまり質的に高い人間拡張と考えられるかどうかには議論の余地があると思います。

 

もう少し大きな議論にすると、人類が「人らしいもの」や「人に似た意識を持つもの」をつくれる時代になったということをどう捉えるかということです。

 

実際に人間は、いわゆるデジタルテクノロジーが生まれる前から「人らしいもの」をつくりだしてきました。たとえばイノシシから豚をつくりだして、生産性の高い食料を作り出しました。また、犬は家畜として、人間の精神面を支えてきました。

 

デジタルテクノロジーもこれと似たようなものではありますが、影響を及ぼす範囲が遥かに広く、その影響はより速く、強力です。そして人間は近い将来、人間ではないけれど、人間のような意志を持つ人工物に囲まれる社会が到来することが容易に想像できます。きっと、人々の仕事のパフォーマンスや、QOLを向上させることでしょう。

 

しかし、そうした社会を破局的にならないように設計できるかは、いまの私たちに問われています。それを考えることが、これからのヒューマンエージェントインタラクションなのだと考えています。

 

 

 

(聞き手・文 森旭彦、聞き手 小原和也)

 

(*1)お互いに協力した方が、協力しないより良い結果を得ることが集団全体に共有されている状況でも、協力しない者が利益を得ることができる状況においては、集団は協力的にならないというジレンマ。

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