Cybernetic being Vision vol.1 ー サイバネティックビーイングは、人類を拡張する(南澤孝太)

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Cybernetic being Visionとは、ムーンショット型研究開発事業 ムーンショット目標1「人が身体、脳、空間、時間の制約から解放された社会を実現」の達成に向けた研究開発プロジェクト「身体的共創を生み出すサイバネティック・アバター技術と社会基盤の開発」の研究開発推進を担う研究者の思考に迫り、きたるべき未来のビジョンをみなさんと探求するコンテンツです。

南澤孝太

慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科(KMD) 教授

科学技術振興機構ムーンショット型研究開発事業 Cybernetic being Project プロジェクトマネージャー

 

1983年、東京都生まれ。2005年 東京大学工学部計数工学科卒業、2010年 同大学院情報理工学系研究科博士課程修了、博士(情報理工学)。KMD Embodied Media Project を主宰し、身体的経験を伝送・拡張・創造する身体性メディア、サイバネティック・アバターの研究開発と社会実装、Haptic Design Projectを通じた触覚デザインの普及展開、新たなスポーツを創り出す超人スポーツやスポーツ共創の活動を推進。日本学術会議連携会員、超人スポーツ協会事務局長、テレイグジスタンス株式会社技術顧問、サイエンスアゴラ推進委員等を兼務。

ウェブサイト:http://embodiedmedia.org/

近い未来、人類は生物的な制約である「ひとつの身体」から自らを開放する。そして、もうひとつの身体としての「サイバネティック・アバター」を通し、経験や技能を共有する社会が生まれる――。そんな未来を実現するための基盤技術を研究開発しているのが、『身体的共創を生み出すサイバネティック・アバター技術と社会基盤の開発(以下、サイバネティックビーイング)』だ。プロジェクトマネージャーを務める南澤孝太が見る未来は、人類を拡張すること。人類の拡張は、人間拡張の量から質へのパラダイムシフトと、固有の「経験」を共有の資産にすることで実現するという。南澤に、サイバネティックビーイングのビジョンを聞く。

 

 

 

サイボーグはすでに存在する

私たちがプロジェクト『サイバネティック・ビーイング』で、身体の融合や能力の拡張を目指し、その先にある社会をつくろうとしているのは、絵空事ではありません。それらはすでに、到来しつつある未来なのです。

 

たとえば機械と融合し、自らの能力を拡張した人々、すなわちサイボーグはもはやSFの中だけの存在ではありません。

 

英国のロボット科学者、ピーター・スコット・モーガン博士(*1)(*2)は、AIと融合し、サイボーグを自称しています。モーガン博士は全身の筋肉が痩せ細り、身体を自由に動かすことができなくなる難病「筋萎縮性側索硬化症(ALS)」を患っています。この病気は、全身の筋肉が麻痺しても、どうしたわけか身体感覚や視力・聴力、内蔵の機能の多くは保たれるため、患者は動かない身体の中に閉じ込められてしまうことになります。患者は社会活動はもちろん、生命維持活動もままならず、QOLが大きく損なわれた状況を生きることになります。

 

モーガン博士は自らの社会活動を可能にするために、眼球の運動で制御できる、AIを搭載したアバターで仮想世界へ飛び出し、人々とコミュニケーションし、自らの困難な運命に抗っています。その姿は世界中の人々に驚きと希望を与え続けています。

 

とある取材記事に、自分の意識の一部が、アバターやロボットとして後世に残る可能性に言及し、モーガン博士はこのように答えています。

 

「これからわずか30年以内に、多くの人にとって大きな問題になると思います。2050年までには間違いなく、これはサイエンス・フィクションではなく、サイエンス・エシックス(科学倫理)の問題になるでしょう」

 

サイボーグはすでに私たちの社会の一員なのです。そしてこれから彼らは、私たち生身の人間の価値や、「自己」のあり方、さらには社会における豊かさを再定義していく存在になっていくと考えられます。

 

人間拡張は、量から質へ

モーガン博士の発言は、これからの「人間拡張」に起きることを端的に言い表していると考えられます。

 

この20年で、人間拡張の領域は、大きな技術的進歩を遂げてきました。振り返ると、より重いものを持ちたい、より速く走りたい、アバターで時間と空間を超えて存在するといった、量的な拡張を実現していくフェーズだったと言えるでしょう。

 

しかし現在、量的な拡張の多くが実現、または実現可能性が現実味を帯びてくる中で、人間拡張は転換期に差し掛かっています。「拡張をすることで、結局、ひとは幸せになるのか?」という、拡張の量ではなく質を問う科学者の数が増えてきたのです。私たちが取り組んでいるプロジェクト『サイバネティック・ビーイング』もそうした、拡張の質を問うプロセスから始まりました。

 

では質的な拡張とはどのようなものでしょうか? 私たちは、人間拡張によって得られる新しい感覚や認識によって、拡張した人や社会がより良くなるような拡張だと捉えています。端的に言えば、「well-being(ウェルビーイング)」を志向する人間拡張です。

 

たとえば2018年に書かれた『加害者が仮想現実の中で被害者になる:DVにおける視点変更の影響(Offenders become the victim in virtual reality: impact of changing perspective in domestic violence)』(*3)という論文では、没入型バーチャルリアリティを用いた、「DV(家庭内虐待)」の男性加害者が、女性被害者のアバターで虐待を追体験するという興味深い実験の結果が報告されています。

 

実験の結果、家庭内虐待の犯罪歴を持つ男性加害者は、女性の恐怖の表情を認識する能力が有意に低く、また、恐怖の表情を、幸福と分類してしまうバイアスが働いていることが分かりました。そして注目すべきは、実験の前後で男性加害者の女性の恐怖の表情を認識する能力は向上し、恐怖の表情を幸福に分類するバイアスは減衰したという事実です。つまり、仮想現実のアバターで経験したことが、加害者に一定の更生を促したのです。この報告は、没入型バーチャルリアリティによる身体拡張が、人間の特定の行動の背後にある社会知覚プロセスを修正できることを科学的に示しました。この他にも、アインシュタインのアバターに入ることで成績が良くなるといった面白い研究の報告もあります。

 

仮想現実で拡張されたもうひとつの身体、アバターを使うことで、自分の身体の不都合な真実を書き換えたり、潜在的な可能性を引き出したり、より高い能力や身体性を獲得することができるのです。

 

つまりアバターとは、自分の心身をリデザインし、社会的なwell-beingを実現するための、もうひとつの身体だと考えられます。

 

経験の共有が生み出す、人類のメディア化

少し前はSFの世界の出来事でしかなかった人間拡張を目の当たりにしていくにつれ、私はひとつの好奇心にたどり着きます。それは、どうしたわけか私たちの脳は、アバターなど、自分自身とは異なる身体を通して新しい認知能力を獲得したり、複数の身体にまたがった経験を統合したり、さらには他人の心や自意識とアバターを通して融合することができるようになっている、ということです。

 

脳が生み出している心や自意識と呼ばれている働きは、経験の統合メカニズムだと私は捉えています。つまり生まれてから今まで、自分が経験してきたことを統合し、モデル化し、そのモデルに基づいて次の現象を予測し、しかるべき行動を起こす。これが私たちが普通にやっている「生きる」ということです。

 

この経験の統合メカニズムに組み込むことができれば、経験をしている身体がアバターであっても、自分自身の経験にすることができる。どうしたわけか私たちの脳は、そうした柔軟性を持つ設計がなされているのです。まったく不思議なことです。

 

この脳の能力をフルに活用することで、真に良い社会をつくることができるのではないか。それがプロジェクト「サイバネティック・ビーイング」が目指していることです。その中でもっとも注目していることが、経験なのです。

 

私たちは誰しも、経験を持っています。たとえば「サッカーをする経験」というものは、多くの人が共通して持っているものでしょう。しかし、同じ経験でも、あなたと私の経験は異なります。それはサッカーが上手い人と、下手な人の違いかもしれません。あるいは、フォワードとキーパーなど、ポジションの違いかもしれません。

 

経験というものは固有のものであり、個の世界の認識の仕方を形づくる重要な要素です。しかし、これからの人間拡張は、この経験の持ち方を劇的に変えると私は考えています。

 

たとえば先述した『加害者が仮想現実の中で被害者になる:DVにおける視点変更の影響』も、DV被害者の経験を共有するとも言いかえられます。あるいは、伝統工芸の職人などの経験を共有することも可能になるかもしれません。

 

これらの共有は、VRゴーグルによる没入型バーチャルリアリティの手法から、身体の触覚をつかったフィードバックなどを組み合わせた手法まで、非常に多様化していきます。そして、まるで音楽や本をダウンロードするように経験の共有が可能になる未来において人類は、経験を生み出し、それを共有するメディアになっていくのです。

 

他人の経験を共有し、自分の経験にすることができれば、人類はより進歩することができます。そして何よりも、学習機会の均等化や差別や偏見の是正など、社会に存在する問題の多くを解決することができるのではないかと私は考えています。

 

既存の社会に存在している問題は、世界の認識の仕方が個人のいち身体を通した経験に依存しているからだと考えられないでしょうか? さまざまな身体での経験を共有し、流通することが社会規模で可能になることで、私たちの社会をより良いものにすること。それがプロジェクト・サイバネティックビーイングが構想する未来なのです。

 

基礎研究・基盤開発から社会実装まで、コミュニティで共創するプロジェクト

プロジェクトは大きく6つのグループに分けられます。まず、コア技術を研究するグループに「認知拡張グループ」、「経験拡張グループ」、「技能融合グループ」があります。そして基盤技術を研究する「CA基盤グループ」があります。最後に社会的な基盤を研究する「社会共創グループ」、「社会システムグループ」があります。

 

認知拡張グループは、アバターが人間の認知能力に与える変化を研究し、設定した目的に合わせ、認知能力を変化させる技術を開発します。

 

経験拡張グループは、自分の身体以外の経験をどのようにして自分の経験としていくか、その基礎技術を開発しています。

 

技能融合グループは、ひとつのアバターに複数の人間が入ったときに、どのように技能が融合されるか、それによって得られる経験はどのようなものになるかを研究しています。

 

CA基盤グループは、認知や経験が拡張でき、共有できる社会インフラについて研究しています。

 

社会共創グループは、今の社会において何らかの問題を抱えている人が、アバターを使うことによって、その問題を解決するというケースを実際につくる研究を進めます。

 

最後の社会システムグループは、法律社会制度と、あと倫理というのをどういうふうにつくり上げていくかという研究を進めます。

 

これからの人間拡張は、人間であることの価値、「自己」のあり方、そして社会における豊かさを再定義していくとともに、すべてを新しく創造していく。この人類史上有数の変化を最先端でつくり、目撃し、社会にとってよりよい形にして実装してゆくのが、プロジェクト・サイバネティックビーイングなのです。

 

 

 

(聞き手・文 森旭彦、聞き手 小原和也)

 

 

(*1)ピーター・スコット=モーガン博士は、2022年6月に逝去されました。彼のこれまでの活動の経緯を記したウェブサイトはこちら。https://www.scottmorganfoundation.org/

(*2) http://www.scott-morgan.com/blog/life-before-mnd/about/overall-credentials/

(*3) https://www.nature.com/articles/s41598-018-19987-7

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