Cybernetic being Vision vol.9 ー存在を伝送し、移動の本質的な民主化を行う (深堀昴)

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Cybernetic being Visionとは、ムーンショット型研究開発事業 ムーンショット目標1「人が身体、脳、空間、時間の制約から解放された社会を実現」の達成に向けた研究開発プロジェクト「身体的共創を生み出すサイバネティック・アバター技術と社会基盤の開発」の研究開発推進を担う研究者の思考に迫り、きたるべき未来のビジョンをみなさんと探求するコンテンツです。

深堀 昂

avatarin株式会社 代表取締役CEO

2008年に、ANAに入社し、パイロットの緊急時の操作手順などを設計する運航技術業務や新たなパイロット訓練プログラム「B777 MPL」立ち上げを担当するかたわら、新たなマーケティングモデル「BLUE WINGプログラム」を発案、Global Agenda Seminar 2010 Grand Prize受賞、南カルフォルニア大学MBAの教材に選出。その後エアライン初となるマイレージを活用したクラウドファンディングサービス「WonderFLY」などを発案。
2014年より、マーケティング部門に異動し、ウェアラブルカメラを用いた新規プロモーション「YOUR ANA」などを企画。
2016年には、XPRIZE財団主催の次期国際賞金レース設計コンテストに梶谷ケビンと共に参加し、アバターロボットを活用して社会課題解決を図る「ANA AVATAR XPRIZE」のコンセプトをデザインしグランプリ受賞。2018年3月に開始し、約4年間にわたる82カ国、820チームをこえるアバタームーブメントを牽引。
2018年9月、JAXAと共にアバターを活用した宇宙開発推進プログラム「AVATAR X」をリリース、2019年4月、アバター事業化を推進する組織「アバター準備室」を立ち上げ、2020年3月末にANAを退職。
2020年4月にANA発スタートアップ 「avatarin株式会社」を梶谷ケビンと共に創業。
2021年、avatarin社の事業モデルがハーバード・ビジネス・スクールの教材に選出。
2022年、第4回日本オープンイノベーション大賞 内閣総理大臣賞受賞、第5回 宇宙開発利用大賞 総務大臣賞受賞。
2023年、経済産業省が主導するスタートアップ企業の育成支援プログラム「J-Startup」に選出。

ウェブサイト:https://cbs.riken.jp/jp/faculty/k.shibata/

人類の歴史は、移動の歴史だ。人類は足をつかって移動することに始まり、自動車や船、飛行機などの画期的な移動技術を開発し、現在の貿易や経済を実現した。しかし、輝かしい歴史をつくってきた人類の移動は、肉体の移動を前提としている。肉体という限界を取り払うことで、移動の本質的な民主化を行う。それが存在の移動を実現する avatarin の

ビジョンだ。壮大な目標を追う avatarin 代表取締役の深堀昂がプロジェクト「サイバネティック・ビーイング」で目指すことを聞いた。

「存在」を移動させるために必要な、シンプルなロボットをつくる

avatarin は、アバターロボット「newme(ニューミー)」によって、人の存在の移動を実現する「遠隔存在伝送技術」を開発しているスタートアップです。

 

newmeへは、パソコンやスマートフォンなどを利用し、世界中のどこからでもログインできます。そして美術館や水族館、さらに遠く離れた家族の住む家であっても、そこにnewmeがあれば、ログインしたユーザは自分の意思でものを見て、人と話し、自由に歩きまわることができます。つまり、私たちが現実世界でそうするように、newmeを介して世界中のあらゆる場所に存在することができるのです。

 

私たちの開発する遠隔存在伝送技術が、既存のビデオ通話やWeb会議システムと異なる点は、「存在する」という、従来は肉体を介してしか表現できなかったことを、伝送可能なものにしたということです。

 

存在を伝送するためには、リアルなロボットが必要だと思われるかもしれません。たとえば、本物の人のような姿形をし、人のように表情を変えるようなロボットを想像するかもしれません。しかし実際には複雑なロボットは必要ありません。newmeは、移動のための車輪と、ログインしたユーザの顔を表示するディスプレイが搭載された、非常にシンプルなロボットで、存在の伝送を実現しています。

 

存在が伝送されているかどうかは、伝送先のアバターロボットの周囲にいるひとが決めることです。そして私たちは、ひとが「存在している」と感じるのは、その対象が自分の意思でものを見て、人と話し、動き、周囲に影響を与えていることを認めるときだと考えています。newmeはそれらを非常にシンプルに実装したロボットなのです。

 

実際のユーザが遠く離れた場所にいることを知っていても、その存在を表現しているのがアバターロボットであっても、ひとは生身の人間と同様の存在を認識できます。さらには、ペットの犬も伝送された飼い主の存在をアバターロボットに認めます。まるで飼い主とともにいるように安らぐことができるのです。

 

私たちはnewmeによって人が遠く離れた美術館や水族館で感動し、家族に寄り添うことを実際に実現してきました。つまり理論上は、newmeによって人はインターネットでアクセスできる全ての場所で存在することが可能になるのです。そして存在が伝送できるようになれば、そのシステムは、ビデオ通話やWeb会議システムとはまったく異なる領域・市場を開拓できます。それが「移動」なのです。

94%の人類の移動は、民主化されていない

 

人類はさまざまな移動手段を持っていますが、それらは人間の肉体を移動させることを前提にしています。avatarin は、重さも大きさもない意識を移動させながら、「存在する」ことを可能にするための技術開発をしている点で、これまでのいかなる移動技術とも異なるのです。

 

avatarin はANA(全日本空輸株式会社)からのスピンオフで生まれたスタートアップです。それというのも、私がかつてANAに総合職で勤務していたからです。新卒で入社したANAで、私は世界人口のどのくらいが飛行機をつかって移動しているのかを調べました。すると、その数は世界人口の僅か6パーセントだったのです。日本にいると気がつかないかもしれませんが、経済的、距離的、政治的な制約、さらには健康上の理由から、移動することのできない人がこの世界の大半を占めているのです。移動というものは、じつはまだまだ民主化には程遠いのです。

 

飛行機だけで言えば、世界人口の94パーセントの人の移動は民主化されていません。「移動の民主化にとって本質的に必要なことは何だろうか?」私は考えた末、肉体の移動をこれ以上に向上することは難しいと考えるようになりました。80億人もの人々が一気に飛行機で移動すると、エネルギーコストやCO2の排出が増大するため、現在の地球環境には負荷が大きすぎるからです。

 

そして私は「脳すなわち意識が移動できる新しい技術があればいいのではないか?」と考え、avatarin の構想が生まれました。これからは飛行機を使った「リアルな移動」はより付加価値が高く、多くの人々にとって難しいものになります。アバターロボットを活用した「ライトな移動」は、機会が失われるリアルな移動を補うとともに、地球上でより多くの場所に訪れたり、多くの人々に出会うことを可能にする、新しい「移動手段」になるのです。

 

これらのビジョンとともに私たちは2016年の「XPRIZE VISIONEERS 2016」に参加し、グランプリを受賞しました。当時の日本円で24億円もの資金調達を実現したのです。

新しい移動の歴史をつくる

学校に馴染めない子どもがメタバースのデジタルアバターで新しい人生を生きる。そんなライフスタイルはここ数年で馴染みのあるものになりつつあります。しかし、メタバースはVRヘッドセットを外せばそこで終わります。つまりメタバースのデジタルアバターの移動は、ヴァーチャル世界に留まるのです。一方のアバターロボットは、現実世界、ヴァーチャル世界のメタバース、そして現実世界のメタバースを自由に移動できます。つまり学校に馴染めない子どもがメタバースに居るまま、リアルの学校に行けるという新しい移動を実現することができる。アバターロボットは、ヴァーチャルを介して現実の人と話し、現実の中を動き、現実の周囲の人々に影響を与えることができるからです。

 

プロジェクト『サイバネティック・ビーイング』では、 avatarin におけるビジネス以外のテーマを模索したいと考えています。そのひとつが、アバターロボットと高度なAI技術の統合です。

 

 avatarin の基幹技術は、アバターロボットの専用ハード・ソフトウェアの「avatarcore(アバターコア)」です。avatarcoreは、newmeの頭脳にあたるものです。avatarcoreは、飛行ドローンなど、多様なハードウェアに対応します。ここに高度なAI技術を統合することで、私たちの意識のあり方を拡張できるのです。

 

たとえば、学校に馴染めない子どもがメタバースに居るまま、アバターロボットを使って現実世界の学校に行くという状況を考えてみましょう。いかにアバターロボットであっても、単に移動ができるだけでは、彼ら彼女らにとって本当の問題解決にならない場合があります。学校に馴染めない理由はさまざまだからです。自分以外が話している言語が理解できない場合もあるでしょうし、 コミュニケーションする能力に問題を抱えている子どももいるでしょう。

 

もし、彼ら彼女らが使うアバターロボットに高度なAIが搭載されれば、自分が話したことがすぐに翻訳されてクラスメイトに伝わったり、コミュニケーションが円滑にできるようになることが可能になるかもしれません。アバターロボットのAIを介して意識そのものを拡張し、自分にとって理想的な方法で現実に関われるようになるのです。

 

これからの人類の移動は、肉体から意識の自分を切り離し、さらには意識を拡張することで、新しい出会いや経験をしていくフェーズへ入っていくのです。これまでと全く違った視点で世界を見て、関わることができる。たとえば野生動物の世界の中に入っていって、AIによって意識を拡張し、動物とのコミュニケーションが最適化されることで、動物たちとまるで人間同士のように意思疎通をすることができるようになるかもしれません。 avatarin は、そんな人類の新しい移動を実現していくのです。

 

アバターロボットを使うことで、いまはさまざまな障壁によって遠くに見えていて、自分には到底行けないような世界でも、瞬間で移動することができる。そしてその世界を自分の身近に感じることができ、新しい感動や共感を得ることができるでしょう。そうした経験の積み重ねが、この世界にある分断を解消していく手段になるかもしれません。プロジェクト『サイバネティック・ビーイング』では、人類の新しい移動の歴史をつくるための手掛かりを、研究者とともに探りたいと思っています。

 

(聞き手・文 森旭彦、聞き手 小原和也)

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