Cybernetic being Vision vol.14 ー 人間の創造性を拡張し、ロボットと共生する社会をつくる (フェルナンド チャリス)

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Cybernetic being Visionとは、ムーンショット型研究開発事業 ムーンショット目標1「人が身体、脳、空間、時間の制約から解放された社会を実現」の達成に向けた研究開発プロジェクト「身体的共創を生み出すサイバネティック・アバター技術と社会基盤の開発」の研究開発推進を担う研究者の思考に迫り、きたるべき未来のビジョンをみなさんと探求するコンテンツです。

チャリス・フェルナンド

avatarin株式会社 執行役員CTO

2007年、スリランカUniversity of Moratuwa工学部電子通信部卒業。慶應義塾大学大学院大学メディアデザイン研究科博士課程にて博士号を取得。ロボティックス、制御システム、組込システムの勉強からバーチャルリアリティとヒューマノイドを研究し、2012年視覚、聴覚や触覚を通して、自分自身の身体の延長としてロボットを感じることを可能なロボットシステム「TELESAR V」を研究開発。2017年同じ技術の商品化を目指してTelexistence社の代表取締役CTO。2020年より、avatarin社のCTOとして、低価格で量産可能なアバターロボットの開発、遠隔操作に特化した安全かつリアルタイムにアバターロボットを制御することができるアバター専用コアフレームワーク等を開発し新しいビジネスにチャレンジ。

ウェブサイト:https://avatarin.com/

ロボットに人間の能力が代替される未来に、これまで多くの研究者やジャーナリストが警鐘を鳴らしてきた。そして現在、ロボットは人間の能力の一部を再現し、より高度に実現することに成功している。これからの未来、人間と豊かに共生できるロボットのためのグラウンドデザインは非常に重要なものになる。ロボット工学者であるフェルナンド・チャリスは、プロジェクト『サイバネティック・ビーイング』で、この課題に取り組んでいる。そのロボットは人間のプロの技能をツールのように活用できるようにすることで、人間の創造性をより拡張するのだという。

人間は「便利な退屈」を欲しがらない

私はこれまでに、遠隔操作や触覚フィードバックの技術開発を中心として、ロボティクスの研究に関わってきました。ロボット技術はこの10年間、AIや機械学習の革新的な技術開発とともに、めざましい進歩をしてきました。身近な例では、自動運転技術が挙げられます。言葉で伝えるだけで目的地まで運ばれていくような移動インフラは、近い未来、世界中の都市で当たり前のものになるでしょう。さらに、これからは人間の持つ技能の多くが、ロボット技術によって高精度に再現可能になり、機械学習的なプロセスで人間には追いつけない改良がされていきます。全てではないにせよ、それらに人間の技能が代替されることで、社会の高効率を模索していく、ということは避けられないように思われます。そうした社会で、私たち人間はどのようにロボットと共生していくのでしょうか?

 

ロボットが常に人間よりも高度な技能を持ち、なんでもやってくれるような社会は、便利かもしれないですが、きっと多くの人間にとっては退屈な社会です。人間にとって重要なことは、ロボットを使って何かをしても、その操作や意図の主体性が「自分にある」と感じられるということだと思います。これからのロボットと人間の関係性では、ロボットのことを自分のことのように感じられる、ということがますます大切になってくると私は考えているのです。

 

そうした社会において、必要なロボット技術をつくるため、私たちはプロジェクト『サイバネティック・ビーイング』で、人間のプロによる技能の「模倣学習」によるチャレンジをしています。模倣学習は、その名前の通り、機械が人間の行為を模倣をすることによって行う学習のことです。また、ロボットを用いて模倣学習をすることで、人間の行為を科学的に理解することができます。これによって、プロ人間の技能を誰にでも使えるツールにする未来を構想しています。

ロボットで、書道を民主化する

私はプロジェクト『サイバネティック・ビーイング』で技能融合研究グループに所属し、「CA(サイバネティック・アバター)を通じた高度技能のモデル化と技能転写技術の開発」に取り組んでいます。現在は研究課題として、文字を書く技術の模倣学習を進めています。この研究課題では、ロボットを用いたシステムを使って、誰でも書道家のような字を書くことのできるツールを開発しています。「誰でも」というのは、たとえ日本語をまったく知らない人が、模写で漢字を書いても、たちまちプロの書道家のような字を書いてしまうようなということです。それも、自分で書いたという行為の主体感を持ったままで実現することを目標にしています。

 

手法としては、細かい文字を書くことのできるペン型のデバイスを用いて、まずプロの書道家に字を書いてもらい、データを収集します。次にそのデータを機械学習によって分析し、文字を書くための数理モデルをつくります(高度技能のモデル化)。そしてふたたびペン型のデバイスで素人の被験者に実際に文字を書いてもらって入力し、ロボットのアームで出力することでプロの技術のように補正された文字が生成されます(技能転写技術)。

 

私がこれまでに開発してきたロボット技術は、ロボットアームで触覚や圧力などの情報を取得でき、それを被験者に感覚として伝送する、センシングとフィードバック技術です。この技術を応用し、ロボットアームが書いた補正された文字を、被験者に非常に精細にフィードバックします。こうすることで、ロボットのアームを使っていながらも、自分で書いているような主体感をもたらすことが可能です。

 

また、私たちのシステムでは、人の動作のデータを非常に細かくとることができます。三次元上の座標はもちろん、圧力、振動、さらには温度を検知できます。そしてそれらのデータをクラウド上に記録し、それらを編集できます。たとえば、不要な部分をカットしたり、より優れた動作になるように改良することもできるのです。

 

現在は、複雑な漢字を書くことにすでに成功しており、ひとつの文字の中の100の点のうち、6点だけを入力することで、モデルによって被験者がどのような文字を書きたいかを予測することができるようになっています。英語のアルファベットや、アラビア語などに用いられている文字などにもチャレンジしたいと思っています。将来的には文字言語だけではなく、さまざまなプロの技巧をモデル化し、誰でも使えるようなプラットフォームを構築したいと考えています。

ロボットによって人間の創造性を進歩させる

私は電気工学に始まり、ロボティクスの研究へと進みました。人間の持つ創造性をデジタル化し、インターネットを介してロボットへ伝送する技術の開発に強い興味があり、大学などのアカデミアと、avatarinのようなスタートアップの両方で研究開発を進めてきました。

 

プロジェクト『サイバネティック・ビーイング』では、「人が一生のうちに得られる人生経験の質と多様性を拡大する」というプロジェクトビジョンを掲げていますが、私はそれぞれの人が持つスキル、言い換えれば個性をデジタル化し、技能転写技術によってそれらを多くの人が使えるものにすることで、このビジョンを体現したいと考えています。それは人間の創造性を進歩させることでもあります。

 

たとえばロボットやデバイスをつくりたいとき、電気工学やロボティクスのスキルセットが必要になります。さらに目標を達成する遥か前に、たとえばハンダづけのような、もっとも初歩的な作業でも、熟達するまでにはかなりの訓練です。技能転写技術をつかって、こうした初歩的な作業をすぐに身につけることができれば、訓練の必要なく、人々がすぐに創造性を発揮でき、ロボットやデバイスをつくることができるようになるでしょう。

 

さらには新しいデバイスの訓練などにも、技能転写技術の活用を広げていきたいと思っています。avatarinでは、アバターロボットの「newme」を開発しています。このロボットを遠隔操作することで、人は身体的、距離的な制約を受けない移動が可能になります。newmeは優れたインターフェースを持っていますが、それでも人が多い場所などでは高度な運転スキルが必要です。こうしたスキルの習得にも技能転写技術は効果的です。

 

プロのスキルをまるでアプリをダウンロードするようにして多くの人が使うことができたら、人間はより高度で面白い、創造的な作業に時間を使うことができます。ロボットはますます便利になっていきますが、創造を代替することはまだまだできません。そして、人間性の中核を担う創造性を進化させていくためにも、技能転写技術は社会にとって重要な技術になると考えています。

 

(聞き手・文 森旭彦、聞き手 小原和也)

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