Cybernetic being Vision vol.12 ー 新しいアイデンティティを、アバターの「物語」でつくる (嶋田総太郎)

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Cybernetic being Visionとは、ムーンショット型研究開発事業 ムーンショット目標1「人が身体、脳、空間、時間の制約から解放された社会を実現」の達成に向けた研究開発プロジェクト「身体的共創を生み出すサイバネティック・アバター技術と社会基盤の開発」の研究開発推進を担う研究者の思考に迫り、きたるべき未来のビジョンをみなさんと探求するコンテンツです。

嶋田 総太郎

明治大学理工学部 教授

1974年、神奈川県生まれ。1996年 慶應義塾大学理工学部電気工学科卒業、2001年 同大学院理工学研究科計算機科学専攻博士課程修了、博士(工学)。東京大学大学院総合文化研究科にて日本学術振興会特別研究員(PD)等を経て、2006 年から明治大学理工学部へ着任。脳機能イメージングおよび機械学習、VR、ロボティクス等の手法を用いて、身体性と社会性の認知脳科学研究に従事。日本認知科学会事務局長(2017-21)、明治大学理工学部教務主任(2021-)等を兼務。主な著書に「脳のなかの自己と他者」(共立出版)、「認知脳科学」(コロナ社)など。

認知拡張研究グループで身体性と社会性の認知的拡張技術を研究開発している明治大学理工学部の嶋田総太郎教授は、プロジェクト『サイバネティック・ビーイング』にて、自己認識について探求している。現在の研究から、現実とバーチャル空間を行き来しながら形成される、アイデンティティの未来が見えてきているという。

脳内では「自己」と「他者」は同じもの?

私の研究は、認知脳科学のアプローチで「自己認識」について研究することです。自己認識とは、個人が自分自身を他者とは異なる独立した存在として認識する能力のことです。

 

ひとりの人間の人生の中で、「自己」と「他者」は、きっぱりと分かれた存在です。他人はときに、もっとも理解できない存在として自分の前に現れます。そして、自分のことを幸せにしてくれる唯一の存在もまた、他人なのかもしれません。

 

しかし興味深いことに、認知脳科学的には、自己と他者はきっぱり分かれていないのです。つまり脳の中では、自己と他者は、重なって理解されています。さらに、人間は脳の中では、他人になりきることで、他人の運動の意図を理解したり、伴う感情を読み取ったりしているのです。

 

「ものまね」をするときのことを思い出してみてください。人間は、教えられたわけでもないのに、他人の動きを見て、自分も同じように身体を動かすことができます。このとき、脳は他人の行為を理解するために、自分があたかも同じ行為をしたかのようなシミュレーションを脳で行っていると考えられています(神経生理学者ジャコモ・リゾラッティによる「シミュレーション仮説」)。その際に脳内で活動しているものが「ミラーニューロン」と呼ばれる神経細胞です。ミラーニューロンは、まるで鏡のように、他者が運動しているのを見ているときに、自分が運動をしているときと同じように活動します。この活動によって、視覚的な分析にとどまらない「体験」として他者の運動を理解しているのです。

 

ミラーニューロンの特徴が活かされている身近な体験が「応援」です。2022年のワールドカップでは、多くの人が試合に夢中になったと思いますが、なぜ応援は楽しいのでしょうか? 自分が何もしていないのに、とても嬉しいのはなぜなのでしょうか? 

 

ミラーニューロンは、自分自身が運動をしなくても、他人の運動を見ただけで活性化するという特徴を持っています。さらにそれらは脳で快感や学習に関わる「報酬系」とも関連しています。つまり応援しているとき、人は脳内で、実際のプレイヤーのようにグラウンドを走り回り、試合の状況からくるプレッシャーを感じ、シュートを放つ様子を体験することによって、喜んだり悲しんだりしているのです。応援は、人間が持つ、他人になりきる能力を最大限に生かした体験なのです。

自己をつくる、身体と物語

プロジェクト『サイバネティック・ビーイング』では、これまでの研究をもとに、拡張した身体においてどのように人は自己認識を持つのかを、実験を通して探求しています。

 

まず自己には、「身体的自己」と「物語的自己」があります。これらはショーン・ギャラガーという哲学者が提唱したもので、私たちはこれらの自己によって自分を自分だと感じているとされています。身体的自己は身体の諸感覚から立ち上がってくる、身体が自分のものであるという「身体所有感」と、自分が身体の運動を行っているという「運動主体感」に支えられた自己を言います。一方で物語的自己は、私たちが持っている自己の一貫性のことを言います。

 

身体的自己のほうが実験がしやすい傾向があるため、身体所有感や、運動主体感を調べる先行研究は、数多くされてきました。プロジェクト『サイバネティック・ビーイング』では、身体拡張アバターに対する自己身体感はどのように生まれるのかを実験で研究しています。

 

たとえばバーチャル空間上に4本腕のアバターをつくり、それを被験者に操作してもらって簡単なタスクを行い、身体所有感にどのような変化があるかを脳活動から調べました。

 

その結果、被験者が4本すべての腕を操作する場合(一人操作条件)には、4本すべての腕にある程度の自己身体感が生まれることが分かりました。また、4本のうち2本を被験者以外の他人が操作する実験では、目標を互いに共有している方が自己身体感が高まることがわかりました。

 

脳活動を見ていると、脳内で「自己感」と深い関係にある部位が、拡張した身体部位を動かす場合にも同様の活動がでていそうだということが分かっています。今後は実験を進めながら、脳における自己と他者のより具体的な関係性に、身体拡張アバターから迫っていきたいと考えています。

アバターが変えた性格

もうひとつの自己、物語的自己は実験室では扱いにくい特徴があるため、先行研究が少ないものです。哲学や心理学などの分野では物語的自己は絶えず注目されてきていますが、科学的には、まだその存在そのものが解明されたとは言えません。しかし身体拡張アバターを使うことで、物語的自己を科学的に扱えるのではないかと考えています。興味深い発見としては、VRアバターによって、現実の自己の性格を変えることができる可能性を示唆する結果がもたらされたことです。

 

海外の先行研究で、アインシュタインのアバターに没入することで、認知能力が向上するという実験結果があります。 私たちはこの時に脳ではどんな状況が起きているかを調べる実験を行いました。

 

実験では、知的なアバターとして「医者アバター」を使いました。医者アバターに没入した被験者に、認知課題として「ロンドン塔タスク」を実行してもらいました。そのスコアを測ると、医者になったひとたちはやはりスコアが上がるのです。これに加え、私たちは性格特性の変化を測定してみました。すると、いわゆる好奇心である「開放性」(ビッグ・ファイブ理論における性格特性の分類)が、医者に没入することで上がることが分かりました。この結果は、認知能力が上がっただけではなく、性格にも影響を与えているということを示しています。

 

物語的自己は性格と深い関係性があります。この結果は、アバターへの同化が物語的自己にも何か影響を与えているのではないのか、医者の持つ社会的なナラティブを自分自身の物語的自己に統合し、自己を拡張しているのではないのか、といった示唆を与えるものでした。今後はなぜこのようなことが起きるのかを、より認知脳科学的なアプローチから迫っていきたいと考えています。

バーチャルのアバターも、アイデンティティの一部をつくる

こうした実験をしていくにつれて、私たちはこのデジタル社会において、どのようにしてアイデンティティを形成していくのか、という問いに直面します。

 

フロイト派の社会心理学者であるエリク・エリクソンは、自我(意識的な主体)と自己(無意識も含まれる主体)の同一性をアイデンティティとしていますが、実際のアイデンティティは、自分ひとりでつくりあげるものではないのかもしれません。

 

哲学者のポール・リクールは、時間を超えて私たちが自己の同一性をつくりあげているのは、物語(フィクション)によるものだとしています。私たちはずっと前に見た映画や小説などの中にある他者を、自分のアイデンティティに取り込んでいるところがあります。つまり私たちの自己は、いろいろなものを切り貼りしてできているのかもしれません。

 

そうして切り貼りしてできる自己の中に、バーチャルな自己があっても不思議ではありません。バーチャルな自己は、現実世界における不具合を克服する場合もありますし、アインシュタインアバターの実験のように、現実世界で役に立つ認知拡張を行うこともできます。それらすべてが、自分のアイデンティティとしていける、そんな考え方や社会の方が、これからは豊かだと言えるのではないでしょうか?

 

プロジェクト『サイバネティック・ビーイング』で気付かされるのは、人間の脳の拡張性と可塑性です。これからも様々な技術革新があると考えられますが、そのたびに私たちの脳も拡張を続けるのでしょう。

 

(聞き手・文 森旭彦、聞き手 小原和也)

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