Cybernetic being Vision vol.10 ー 「卒業できるロボット」を目指して (安藤健)

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Cybernetic being Visionとは、ムーンショット型研究開発事業 ムーンショット目標1「人が身体、脳、空間、時間の制約から解放された社会を実現」の達成に向けた研究開発プロジェクト「身体的共創を生み出すサイバネティック・アバター技術と社会基盤の開発」の研究開発推進を担う研究者の思考に迫り、きたるべき未来のビジョンをみなさんと探求するコンテンツです。

安藤 健

パナソニックホールディングス株式会社 マニュファクチャリングイノベーション本部 ロボティクス推進室 室長

早稲田大学先進理工学研究科博士後期課程修了。博士(工学)。同大学理工学術院、大阪大学大学院医学系研究科を経て、2011年にパナソニック入社。ヒト・機械・社会のより良い関係に興味を持ち、一貫して人共存ロボットの研究開発から事業開発まで従事。自己拡張技術によるWell-beingの実現を目指すAug Lab、オープンイノベーションによりロボティクス事業創出するRobotics HUBの責任者も務める。日本機械学会ロボメカ部門技術委員長、経済産業省各種委員、ロボットイニシアティブ協議会副主査なども歴任。ロボット大賞経済産業大臣賞、文部科学大臣表彰若手科学者賞、IROS Toshio Fukuda Young Professional Awardなど国内外受賞多数。

ウェブサイト:https://tech.panasonic.com/jp/auglab/

人間とロボットはどのように共生していくのか? プロジェクト「Cybernetic Being」の社会共創研究グループでこの課題に取り組むのが、パナソニックで人間拡張技術の研究所「Aug Lab」で室長をつとめる安藤健だ。ロボットが人間にとって「1人称」の存在になる時、私たちは、「ロボット」という言葉をつかわなくなる。そうした世界において必要な人間とロボットに必要なウェルビーイングとは何かを聞いた。

自動化したあと、人間はなにするんだっけ?

私はパナソニックのHDロボ推進室室長を務めながら、人々の生活に具体的な変化をもたらすロボットの可能性に惹かれて仕事をしてきました。これまでに障碍者のためのリハビリテーション支援ロボットや日常生活支援ロボットの研究開発に取り組んできました。あるいは、医療ロボットとして、iPS細胞の自動培養ロボットを開発しました。それまでは職人技だったiPS細胞を、効率的かつ効果的に生産することを可能にし、この分野における大きなブレークスルーとなりました。また、病院の中で薬を運ぶロボットや、自動で動く車椅子などを通して、医療の未来に大きな可能性を秘めたプロジェクトに貢献できたことも誇りに思っています。

 

私の携わってきた開発の背景にあったのは社会課題、それも人手不足や高齢化です。これからの時代に必要なものを開発してきたと思っています。一方で、さまざまなものが自動化されていく中で、ふと「自動化した後、人間って何するんだっけ?」という素朴な疑問をずっと抱いていました。

 

もちろん、人間がやりたくないことを自動化するのは良いことですが、自動化できなかった残りを人間がやるような社会は悲しいと思うのです。やはり人間には、それぞれに希望や情熱があるものです。それを本当の意味で実現するための技術が開発されるべきだと感じたのです。そうして私達は、個人の可能性を引き出す拡張技術を開発するために、2019年にパナソニックで「Aug Lab」を発足させました。プロジェクト「Cybernetic being」ではAug Labで研究してきたことを実装する場だと思って取り組んでいます。

「1人称ロボット」の時代へ

Aug Labは、次の100年でロボットで何をするのか、というパナソニックの問題意識から生まれています。

 

私は、次の100年で起きることは、ロボットの「一人称化」だと思っています。現在の社会でもっとも大量のロボットがいるのは工場です。産業用ロボットは、ものとして扱われるようなロボットです。つまりは「それ」という三人称で呼ばれています。

 

二人称で呼ばれるロボットが誕生するのは2000年前半です。パートナーロボットや、ヒューマノイドロボットを、ひとびとは名前で呼んだりするようになった。つまり「君」や「あなた」で呼ばれるロボットです。

 

この次に来るのが、一人称で呼ばれるロボットです。つまり、自分の一部のように感じられたり、ロボットの行為を自分の行為と感じられるロボットです。こうしたロボットが生まれた時、それまでの三人称や二人称のロボットとは違うことが起こります。ひとはそれらをロボットとは呼ばなくなるのです。

 

そうしたロボットと人間のウェルビーイングが実現している社会において必要なロボットのかたち、価値観、役割をつくっていくのがプロジェクト「Cybernetic Being」における社会共創研究グループの私の役割だと思っています。

 

プロジェクト「Cybernetic Being」では、具体的には、配送ロボットの研究に取り組んでいます。たとえば街を巡回して、フードやものを届ける配送ロボットです。仮にこのロボットを4台、現在の技術で人間が操作すると、1時間でヘトヘトになります。人間は4つの異なるタスクを同時並行でこなしていくようにはできていないのです。

 

このロボットは人間4人分のタスクをこなしているかもしれませんが、もしかしたたひとり分のタスクをゆっくり4つに分けてやっているだけかもしれません。また、仮に4人分のタスクができたとしても、操作をする人間が4倍疲れるような社会に生きたいかというと、誰もが疑問を感じますよね?

 

さらに、現在の社会はまだロボットが二人称ですが、一人称になったとき、そんな働き方をしたいかというと、誰もが「No」であるはずです。

 

こうした現在のロボットと人間が抱える問題を解決することで実現するウェルビーイングを、このプロジェクトでは探求したいと思っています。まず考えなければならないときは、人間がロボットの作業に介入するとき、つまり一人称のロボットになるときに、いかに楽しくできるかです。現在はまず、どんな壁を取り除かないといけないかを調べています。

目指すは、卒業可能なテクノロジー

人間とロボットにおけるウェルビーイングについて考えるとき、これまでロボットをはじめとしたテクノロジーによる経済成長や生産性の向上は、人間にとってどのような影響を与えてきたのか、と考えを巡らせます。

 

ロボットはその気になれば人間何人分もの作業を自動化できます。しかし、そうすることで、たとえば地域のコミュニティの繋がりが何倍も良くなったりするでしょうか? またそうした視点で行われてきた自動化はあったでしょうか? たとえば、配送の過程で、人間が遠隔コミュニケーションを行うことで、時間や空間の壁を取り払い、社会とのつながりを育むことができるかもしれません。

 

これからは、より視野を広げ、身体的、精神的、社会的な側面から、ロボットと人間の関係性を再定義すべき時なのかもしれません。テクノロジーは大きな変化をもたらす可能性を秘めていますが、その進歩と、社会に生きる人間の個人の精神的・社会的幸福のバランスを取ることが重要です。

 

その中で私が提案しているのが「卒業可能なテクノロジー」です。

 

よくロボットやAIによって人間の仕事が失われる、と言われます。しかし、過去に企業への特定のロボットの導入によって、その後どのような影響があったかを追跡した研究を紐解くと、違った事実が見えてきます。まず、実際にロボットを導入した企業の方が、後に従業員数が増える傾向があります。さまざまな要因がありますが、ロボットの導入によって効率が上がったり、コスト競争力が上がり、企画力で他者に差をつけ、成長することができるのかもしれません。そうした企業では、人間はより人間らしく、ロボットはよりロボットらしく働いていると言えるのかもしれません。ここでは、人間はロボットを導入することでかつての仕事から“卒業”し、あたらしい成長をしているわけです。

 

この“卒業”というのは、単純にロボットに仕事を押し付けているのではありません。たとえば、はじめて自転車に乗るとき、多くの人は補助輪をつけます。補助輪から卒業することで、自分で乗れるようになるわけですが、このとき、自転車に乗るという技能以外にも、さまざまな身体的成長があります。バランス感覚が備わり、以前よりも的確に身体をコントロールできるようになっているでしょう。あるいは視野です。以前は目の前ばかりしか見えていなかったけれど、より広い視野で周囲を見渡せるようになり、それは運転の安全確保にも貢献します。このように、補助輪というテクノロジーをつかわなくなったことで、より人間が成長できるような関係性が、良いロボットと人間の関係性にも言えると思うのです。

 

現在の社会で、とある1時間のタスクを30分でできるようなテクノロジーが生まれた時、企業にいる人間はどう反応するでしょうか? 理想としては浮いた30分でクリエイティブなことをする、ということです。しかし実際は、浮いた30分を別のタスクをするために充てるだけに終始してしまうのではないでしょうか? つまり現在の社会は、いかに良いテクノロジーが生まれても、ひたすら生産性を上げる、という方向性にしか進めないのです。これではテクノロジーによって、本当の意味で人間が成長できるのか、疑問です。

 

テクノロジーから卒業すべきは、「テクノロジーをつかって生産性を上げ続ける」現在の社会そのものなのかもしれません。

 

(聞き手・文 森旭彦、聞き手 小原和也)

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