サイバネティック・アバターの新たな身体性を通して、人々が自身の能力を最大限に発揮し、多彩な技能や経験を共有できる未来社会像を議論するCybernetic being Meetupも第6回目の開催になります。
第8回となる今回は「2050年の『ニンゲン』を構想する」をテーマに、大阪・関西万博会場で開催。
AIと人間の関係を研究する大澤博隆(慶應義塾大学)がモデレーターを務め、本プロジェクトPMの南澤孝太(慶應義塾大学)、VR認知拡張研究を行う鳴海拓志(東京大学)、作詞、作曲、プロデュースなど幅広く活躍するsasakure.UK(作曲家・ボカロP)、そしてSF作家として活動する人間六度(作家・漫画原作者)が登壇しました。
イベントの冒頭、PMの南澤より2050年に向けたプロジェクトのビジョンを描いたコンセプトムービーが投影され、もうひとつの身体であるアバターを通じて、今まで出来なかったことが出来るようになることを目指す様々な研究が紹介されました。
アバターが人間の「認知」を拡張する

続いて、VR研究者である東京大学の鳴海さんが登壇し、アバターと人間の認知の関係について述べました。鳴海さんは、アバターが単なる体験の模倣にとどまらず、人間の心や身体に直接影響を与える可能性について語りました。
「アバターは、なりたい自分のイメージを強化してくれ、自己の能力を最大限に引き出すことができると考えています。例えば、アインシュタインのアバターをまとうと、天才のイメージと自分を結びつけることで粘り強く考えたり、違う発想をするためにテストの成績が向上するという研究があります。」(鳴海)
また、鳥のアバターをまとうと、人々の昆虫食への抵抗感が変化する実験を紹介し、アバターが人間の行動規範や抵抗感にまで影響を与えうることを示しました。
「アバターは、単なる分身ではなく、『自分がどう生きたいか、あるいは自分がどういう社会で受けられたいか』を設計できるようになってくる新しいツールなのだと考えています。」(鳴海)
クリエイターと「非身体性」

「実は私自身は歌っていないですし、楽器も演奏できない。でも作曲をやっていて、バンド活動もしている。結構身体的な部分から離れた活動してるんじゃないかなと思ってます」(sasakure.UK)
次に登壇したsasakure.UKさんは、自身の音楽活動と「非身体性」の関係について、自身が楽器を演奏できないことが、かえって創作活動の原動力になっていると語り、「ササクレ・フィクション」と称する独自の近未来観と物語性を融合させた音楽世界を、これまで制作してきた作品とともに紹介しました。
また、sasakure.UKがプロデュースする、謎に包まれたVTuber「ピリオ」や異次元に住む親友「TJ.hangneil」、楽器が弾けない自身の楽曲をあえてバンド「有形ランペイジ」で身体的に再現するスタイルなど非身体性と身体性の間を行き来する多岐にわたる自身の活動形態についても言及しました。
SFと研究の相互作用

ご自身の活動や作品紹介のあとに人間六度さんによる「Moonshotとは何か」という問いから、研究とSFの関わりについて議論が展開。大澤さんは、Moonshotのユニークな点は、まず未来の社会像をSF的に設定し、そこから具体的な技術開発を逆算していく点にあると説明しました。このアプローチは、SF作家も巻き込みながら進められています。
「本当にSFとは関連が深いと感じます。このプロジェクトは初期段階でSF作家さんにも入ってもらいながら未来を描き、その未来にたどり着くためには?と問いながら可能性を広げる、そんな進め方をしてきましたよね」(大澤)
「そもそもProject Cybernetic beingの研究はSFから発想をもらってるところがすごく多いですね。例えば、『攻殻機動隊』自体も実は当時の1980年代の技術からインスピレーションを受けているそうです。このように実はSF作品のクリエイティビティと研究者の発想はリンクしていると強く感じています」(南澤)
この言葉に、SF作家の人間六度さんは「今回のような接点を通してSF作家自身も社会と繋がれると感じている」と強く共感。
SFは単なるフィクションではなく、未来を構想するための重要なピースとなりつつも、研究者によって生まれた技術が再び新たなSFの物語を生み出す、そんな循環が自然と起こっています。
身体性と心

クロストーク序盤、鳴海さんは、新しい体(アバター)が人間の心身に与える影響について言及。
「身体と心がリンクしているということがとても重要だと考えています。新しい体を手に入れると、新しい技能や能力が獲得できたり、思い描いたことができるようになる。そんなことが今後起こっていくのだと思っています。」(鳴海)
続けてsasakure.UKさんのボカロ制作活動を例に挙げ、非身体的な表現が人間の領域に影響を与えることについて問いかけました。
「最初は私自身、肉体に対するコンプレックスがあったんです。sasakure.UKのUはアンダーグラウンドのU。今は表に出るようになってきましたが、私の原点はアバター的で、最初はプロデュースのような活動だけやっていくつもりでした。しかし、活動を続けていくと『人間のボーカルもいいし、バンドもやってみたい』 と考えるようになり、人間と機械が相互作用で高め合う今のスタイルになっていきました。そもそも、幼い頃の夢が「ロボットになる」だったのもあるかもしれません。」(sasakure.UKさん)
「分かります。 実際、僕の小学生の頃の夢は神でした。夢敗れましたが、世界を創造するという意味でその下位互換の小説家には収まりました(笑)。僕はSFが、自分の体のままならなさと世界とのクッションになってくれているな、と思っています。人生を真正面から生きることの”気恥ずかしさ”を軽減してくれるものなんです」(人間六度)
「ままならなさ」というキーワードから、鳴海さんは、大学生に「アバターで新しい能力を得たらどう使うか」を尋ねたエピソードを紹介。「驚いたことに、みんな使いたくないと書いていた」と語り、テクノロジーで新しい自分を得られると言われても「ままならない部分も含めて自分として生きてきたからこそ、アバターという下駄を履いた状態で評価されても嬉しくない」など、急に新しい自分になることを割り切れないという意見が多かったと述べました。
「受け入れやすいように何をどう地続きにしてくか、変わっていく自分も自分だと受け止めてもらえる形として、どう技術に取り入れるかが重要だと思っています。」(鳴海)
AIと人間の関係性、仕事の未来
この「ままならなさ」に関する議論は、AIとロボットがもたらす仕事の未来へと展開します。南澤PMは、人間のスキルがロボットに転写される中で、人件費とロボットのメンテナンス費用のどちらが安いかという話になると言及。続く人間六度さんは、生成AIがイラストを描く現状を挙げ、「AIの会社が利益をえる構造とも言えるので、実は経済としてもあまり回ってないんですよね」と指摘し、自動化は「少し冷たい技術」だと警鐘を鳴らしました。この自動化は「ディストピアの入り口」にもなりかねないと指摘する一方で、南澤氏らのプロジェクトはこれらとは別種の”暖かみ”を感じると言及。
「ビジネスではロボットによる代替の成功例が増えてきている中で『その時に人はどう生きるのか』『何を幸せとするのか』が鳴海さんと私の共通の問いになってこのプロジェクトが始まったんですよね」(南澤)
「OriHimeの体験を例に出すと、働いてる人にとってはそこで活躍できることは幸せなのに、そこをロボット代替してしまうと意味がないのでは?と研究者は悩みながら研究していますよね」(大澤)
AIと仕事の未来に関する議論は、クリエイターが技術の進歩の中でどこを守りたいかという問いへと繋がっていきました。

「人間の中にある個性やアイデンティティは絶対守っていきたいですね。自分の仕事を助けてくれるという意味では、僕は楽器が弾けないのでマウスで楽器の音を打ち込んで作っています。AIとちょっと近いかもしれません。演奏せずにつくったとしても、そこにその曲として個人のアイデンティがあるなら成立すると考えています。」(sasakure.UK)
これに対し南澤PMは演奏するという概念が変化していると言及しました。 「やりたいという意思とそれがちゃんとやれたということ。それを自分がやったと感じられる主体感が、実は広い場面で感じられるのだと思います。身体の解釈や幅が広がることによって、人が関与できることも増えていく。肉体の有無によらない主体性や、多様な自分が並行して存在する事によって可能性が広がってきているように感じますね」(南澤)
統一された制約の中の個性と選択肢
クロストークの終盤、人間六度さんからはOriHimeのような「規格化された身体」が、個性を失わせるのではなく、かえって新たな個性を生み出す可能性について、問いかけがありました。
「規格化からこぼれ落ちる個性もあるかもしれないけれど、逆に制約があるからこそ出現する個性もあると思っています。たとえば初音ミクというボーカルは人間ではないので表現において制約を受けますが、その制約がボーカロイド楽曲に一貫性と魅力を与えている。制約を受けたことによってより個性が発動する感覚があります。」(人間六度)
「自分の歌声とまた別のところでさらに別の個性が発生する可能性があると私も感じています」(sasakure.UK)
南澤PMはこれに同意し、OriHimeを操縦するパイロットにも個性が見えるエピソードを紹介しました。
「分身ロボットカフェに子供たちが来てOriHimeの似顔絵を描いてくれた事があるのですが、同じロボットのはずが子供たちが描いた表情が全部違ったんですよね。OriHimeのパイロットと話す中で、個性が出てそれが絵として現れていました。」(南澤)
最後に南澤PMは、大阪・関西万博のコンセプトである「命輝く未来社会のデザイン」に触れ、AIやロボットとの共存する社会で「輝く」とは何かを真剣に考える必要があると語りました。
「今の時代は人によって最適解が多様化しています。例えば企業から見れば低コストで自動で物が売れればよいですし、人を雇わなくてもものが作れるならその方が安い。結果として消費者も安くいろんなものが手に入るなら良いと感じ、全てがAIとロボットになっていく。そうなると、『我々はどのように、何を生きがいにしたらよいのか』と大きな疑問が生まれてくる。今はそんな入口に差し掛かっていると思います。」(南澤)

今回のクロストークでは、SFから発展した技術が人間社会に与える影響や、アバターやAI、ロボットといった新技術が身体性やアイデンティティにどんな変化をもたらすかについて議論が交わされました。技術と人間の未来に関する重要な問いが提示され、倫理的・法的な課題にも触れながら、新たな可能性と課題について考えるMeetupとなりました。
当日のイベント内容を詳しく知りたい方は、下記のYouTubeのアーカイブから、配信の様子をご覧いただけます。
Cybernetic being Meetup vol.08 2050年の「ニンゲン」を構想する