AIと人間の自然な融合が生み出す「超身体」 Cybernetic being Meetup vol.04 レポート

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 身体的共創を生み出すサイバネティック・アバター技術と社会基盤の開発プロジェクトの進捗と未来を共有する場として、Cybernetic being Meetupは4回目の開催を迎えました。今回は、身体の制約を超えた新たな身体の可能性に焦点を当て、Projrct Cybernetic beingのプロジェクトメンバーである株式会社ソニーコンピュータサイエンス研究所の笠原さんと同プロジェクトメンバーである明治大学の新山さんをゲストにディスカッションを行いました。

 

 ミートアップの始めにProjrct Cybernetic beingの南澤孝太PMから、本プロジェクトにおける「身体」の定義を紹介しました。

 

 「われわれが生まれ持って得た肉体だけでなく、デジタル空間に存在するアバターも、自身の身代わりとしてのロボットも含めて『身体』であるという世界観の実現を、Project Cybernetic beingは目指しています。そのなかでも、人間の身体能力を『代替』したり『補完』するだけでなく、『超える』という現象とは何か。これまでの自分にはできないと思っていたことができるようになるという体験のプロトタイプを、新山さんや笠原さんと進めてきました」(南澤)。

柔らかさと素早さを兼ね備えたアバターロボット

新山 龍馬(明治大学 理工学部 機械情報工学科・准教授)

 デジタルとフィジカルを行き来できるロボット型サイバネティックアバターの開発に取り組む新山龍馬さん(明治大学理工学部機械情報工学科・准教授)は、「ロボットのライバルは人間」という意識から、人体の模倣ではない新たな身体のあり方を模索しているといいます。

 

 「ヒューマノイドと言われるような人型ロボットを一生懸命つくろうとしても、人間の身体には遠く及ばないということが往々にしてあります。例えば、人間は筋肉を微細に扱うことで『静かに』動くことができます。しかし現代のロボットの動作は、ウィーンっとうるさい。また、皆さんは渋谷の人混みを縫うように歩いて来られたかと思いますが、そういったこともロボットはできません。ロボットが転倒して人にぶつかったり、階段から落ちてきたロボットに人が押しつぶされたりするというリスクをはじめ、人型ロボットが人間のそばにいるという社会の実現はまだ難しいというのが現時点での認識です。

 

 そこでわれわれが注目しているのが、軽い、薄い、柔らかいロボットです。インフレータブルロボットの分野では、映画『ベイマックス』のように柔らかいロボットを実現すべく、人型ロボットに袋をかぶせるなどの試みが行われています」(新山)。

風船のような構造のやわらかい分身ロボット

 新山さんたちが開発したインフレータブルアバターロボットは、空気の内圧で支えられた膜構造を持つソフトロボット。布でできた外皮の内側からモーターとワイヤで変形を制御することができ、軽量かつ安全で、デザインの自由度も高い分身ロボットです。また、ロボットの「皮」だけでなく「骨」の研究も進められています。

 

 「ロボットアームを人間が操作するのではなく、ロボットの反射的な動作(デジタル反射)によって人間の動作を補った動きをしてくれる技術、AgiLimb(アジリム)システムの開発に取り組んでいます。ボールをキャッチする、投げるといった動作の実験において、一見ロボットアームは人と同じ動きをしているようですが、実際は高機動アームが向きや角度などの調整を繊細に行っていて、確実にボールを捕らえて狙ったところに外さずに投げることが可能になります。この調整はすごく自然なかたちでなされるもので、アシストされる人間は自分の能力で捕球や投球ができたと感じてしまうほど。自律型の人型ロボットとは異なる、新たな手足となるロボットです」(新山)。

 

 この技術を用いて行われた「高速身体ワークショップ」は、子どもたちがAIアシストを伴ったロボットアームで高速球のバッティングを体験するというもの。子どもたちのパフォーマンスの高さを前に、誰でも「スーパー野球」ができるという手応えを感じることができたといいます。今後に向けては、VRアバターのように着せ替えやカスタマイズができるアバターロボット、柔らかさと素早さを兼ね備えた「皮と骨の自由な組み合わせ」が構想されています。

 

人間とコンピュータの融合による身体の拡張と主体感

笠原 俊一(株式会社ソニーコンピュータサイエンス研究所 リサーチャー)

 ソニーコンピュータサイエンス研究所(Sony CSL)の リサーチャーとして、また沖縄科学技術大学院大学の客員研究員として活動する笠原俊一さん。人間とコンピュータが融合することで生み出される新たな人間性「Cybernetic Humanity」を研究するなかでポイントになるのは、行為や運動の主体感(sense of action: SoA)だといいます。「このボールを蹴っているのは私だ」「このペンを掴んだのは私だ」など、日常生活で起こる行為の結果を自分に帰属させる主観的な意識のことです。

 

 「他者が自分の目の前で落とすペンを見て掴んでもらう『ペン落とし』という実験があります。聞くと簡単そうなアクションなのですが、たいていの人は掴む動作が間に合わずにペンが床に落ちてしまう。目で見て筋肉に信号を送って動かすという一連のプロセスによって生まれるディレイ(遅延)のためです。そこで、ペンを落とす人の筋肉の信号をEMGというセンサーで読み取り、掴む側の人の筋肉をEMS(筋電気刺激)で収縮させることで強制的にペンを掴ませるということをします。自分の意識や意思よりも早く筋肉が動く、動かされるという状況において興味深いのは、この体験のなかでも人は自分がモノを動かした、自分がペンをつかんだという主体感を得るということなんです。先ほどのスーパー野球における打球行為にも、ロボットアームが介在しているにもかかわらず、自分が身体を動かして打ったぞという主体感と、それが楽しいという感情が発生しています」(笠原)。

 

 テクノロジーによって身体性が拡張された状況においても、人間自身に残る主体感の存在。コンピュータと人間の融合がさまざまなかたちで進む時代において、行為の主体感はどのように変化するのかーーどこまでが「私」でどこからがコンピュータであるのかーーといった観点を踏まえて、肉体的な限界、場所と時間の制約を超えた「主観的体験」のあり方を笠原さんは探求しています。

 

 「EMSで筋肉が早く動かされることで可能になる動作について、主体感を保持したままトレーニングを行うと、われわれはEMSなしでもその動作を速く行えるようになります。EMSを外したら元に戻って遅くなるというわけではない。つまり、テクノロジーを介して経験したことが自分の感覚だと思うことができれば、その体験は生身の自分に身体知として刻まれるということなのだと思います。主体感が人間の学習や習得を加速することができるのだと。

 

 近い将来、ネットワークの通信速度が人間の神経伝達速度を超える可能性があります。それはつまりネットワーク全体が人間の神経網に匹敵するということであり、ロボットを遠隔で、主体感を持った自分の身体として動かすことが現実的になってくるということではないかと。コンピュータによる身体拡張が人間そのものの拡張につながり、両者が『共進化』する社会が到来するのではないかと考えています。それがCybernetic Human Linkという研究が掲げるビジョンです」(笠原)。

ボディの進化、倫理、成長、そして未来への展望

 テクノロジーによって進化する身体と、それをどのように受け入れるのかという人間の認知や態度。そのふたつをもってこそ新たな身体性は生みだされるということを、南澤PMは強調します。人間とロボットがあらゆる場面で重なりひとつになっていく未来に向けて、トークセッションでは、そこでの倫理的課題や責任の所在から議論が展開されました。

 

 「高速身体ワークショップでスポーツを実験領域とした理由は、スポーツが人間らしいドラマや感情を喚起する行為であるからです。ロボット単体でも人間の身体をしのぐ運動や能力が発揮されつつあるなかで、自動化/ロボット化する仕事はこれからどんどん増えてくるはずです。そのとき人間に残された選択肢が『暇』だけであると考えるのは、あまりにも寂しい。ゲームが上手であることが個性として認められているのと同じように、ロボットの扱いが上手な人ーー『あの人が動かすロボットはなにか違う』ーーといった評価や文化が育まれていってほしいと思っています」(新山)。

行為主体感の存在を感じることのできる体験コンテンツ「Preemptive Action」

 「ロボットにすべてを委ねるのではないという態度に基づく協調/共創関係を考えたとき、そこには人間側の責任が生じます。しかし、AIが起こしたエラーに対してその責任をAIが負えるのか、AIの開発者が負うべきなのかということも、はっきりと答えが出ていません。海外の方々との議論のなかで浮かび上がったことのひとつに、『法制度が変わらなければ、技術は進歩したとしても『責任の所在が不明なもの』としてあるだけで、社会に浸透していかないのではないか』というものがありました。Cybernetic beingを実現するうえでボトルネックになるのは、実は技術ではなく倫理のほうにあるのかもしれません」(笠原)。

 

 「以前のミートアップでも紹介したように、ひとつのアバターロボットを複数人で操作するという共創関係も生まれつつあります。そこでの行為主体は、たしかに測りづらいものです。意識と身体のメカニズムを明らかにしようとする笠原さんのアプローチは、そのような主体と責任の所在を明文化することにもつながりそうです」(南澤)。

 「新しい身体やロボットとの関係性を社会全体で受け入れていくうえでは、産業利用としてのロボットを盛り上げていくことが有効であると考えています。ロボット操作の熟達者を増やすことと製造コストの低下を同時に進めることをつうじて、やがて自然にロボットと共にある一般生活が浸透していくのだと思います」(笠原)。

 

 「モーターひとつをとっても、技術の進化と低価格化は現在進行形で起きています。ロボットと人間がなめらかにつながる社会に向けて、学術からもスタートアップからも、さまざまなプレーヤーとともに盛り上げていけることが楽しみです」(新山)。

 

 当日のイベント内容を詳しく知りたい方は、下記のYouTubeのアーカイブから、配信の様子をご覧いただけます。

文/長谷川智祥

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