Cybernetic being Vision vol.13 ー サイバネティック・アバターがすでに日常化「分身ロボットカフェ」 (吉藤オリィ)

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Cybernetic being Visionとは、ムーンショット型研究開発事業 ムーンショット目標1「人が身体、脳、空間、時間の制約から解放された社会を実現」の達成に向けた研究開発プロジェクト「身体的共創を生み出すサイバネティック・アバター技術と社会基盤の開発」の研究開発推進を担う研究者の思考に迫り、きたるべき未来のビジョンをみなさんと探求するコンテンツです。

吉藤 オリィ

株式会社オリィ研究所 所長

経歴:1987年、奈良県生まれ。小学5年生から中学3年生まで不登校を経験。高校時代に電動車椅子の新機構の発明を行い、Intel ISEFにてGrand Award 3rdを受賞。早稲田大学在学中、孤独解消を目的とした分身ロボット「OriHime」を開発し、2012年株式会社オリィ研究所を設立。分身ロボット「OriHime」、ALS等の患者さん向けの意思伝達装置「OriHime eye+switch」、全国の車椅子ユーザに利用されているバリアフリーマップアプリ「WheeLog!」、寝たきりでも働けるカフェ「分身ロボットカフェ」等を開発。米Forbes誌「30 Under 30 ASIA」、グッドデザイン賞2021全作品の中から1位のグッドデザイン大賞に選ばれる。

ウェブサイト:https://orylab.com/

どこからでも、誰でもログインすれば遠隔操作できる分身ロボット「OriHime」。そして分身ロボットを使って、多くの人が働くことができる「分身ロボットカフェ」は、身体拡張・技能融合が絶えず行われている、未来の日常がある場所だ。OriHimeそして分身ロボットカフェを生み出したの生みの親であり、プロジェクト「サイバネティック・ビーイング」の社会共創研究グループに所属する、吉藤オリィこと吉藤健太朗氏は、サイバネティック・アバターがつくりだす未来の日常に、すでに行ってしまっている人だった。

分身ロボットカフェは、「孤独の研究」から生まれた

私の研究テーマは、孤独を解消したいということです。このテーマを18年間突き詰めて生まれたのが分身ロボット「OriHime」でした。私にとって OriHime は、いわば「心の車椅子」です。

 

私は小学校から中学校にかけての3年間、不登校でとても辛い思いをしていました。果たすべき役割がなく、生きる意味を感じられず、一日中寝て過ごし、天井を眺め続ける日々はまるで、主催者以外の知り合いが誰もいない結婚式やパーティーが毎日続くような気分でした。自分の居場所がどこにもない。誰にも構ってもらえない。自分なんかいない方がいいんじゃないかと思えてくる。こうした孤独感を解消したい、とずっと思っていました。それが結実したのが、11年前につくった OriHime でした。

 

たとえ病気で入院しても、 OriHime を介して学校に行ったり、家に帰ったりできる。そうした感覚を得ることで、生きる自信を取り戻してほしい。私はよくロボット研究者として紹介されますが、ロボットを作りたいのではなく、生きる自信を失ってしまったすべての人に人生を取り戻してほしい、という気持ちが本質です。

 

孤独は不登校だけで生まれるものではありません。病気で身体が全く動かなくなってしまったり、障碍を持ってしまうことで外出困難となると人は孤独に陥ります。孤独に陥ると、コミュニケーションができなくなり自信が失われていきます。そうした時に重要になるものが、帰属感のあるコミュニティの存在です。私たちは外出ができない人たちが従業員として働くことのできる「分身ロボットカフェ」でそのコミュニティを実現しています。

 

何らかの喪失を経験すると、人は自分を受け入れてくれるコミュニティで役割を得ていくことで、徐々に「自分は必要とされている」という実感を得て、自信を取り戻していくことができます。そうしたコミュニティを生み出すために運営しているのが、分身ロボットカフェなのです。ここでは、さまざまな事情で外出困難になった人たちが従業員となり、遠隔操作する分身ロボット「OriHime」や「OriHime-D」でサービスを提供しています。遠隔とはいえ従業員ですから、もちろん報酬も支払われる仕組みを持っています。

 

ひとはずっと家で仕事をしていたり、同じ人たちとばかりコミュニケーションしていると、知らずのうちにその状態に依存し、他の行動が取れなくなってしまいます。分身ロボットカフェでは、新しい人と出会えたり、自己紹介をする機会を数多く設けるなど、ある意味では人間関係をやり直せるような出会いの場をコンセプトにしています。

身体拡張・技能融合の日常がある「分身ロボットカフェ」

パイロットは分身ロボットがあるところであれば、どこへでもログインして行くことができます。さらに、複数のパイロットでログインすることもできます。つまり分身ロボットによって自分の目を増やしたり、耳を増やすこともでき、もちろん身体を増やすこともできます。プロジェクト「サイバネティック・ビーイング」は身体拡張や技能融合がテーマです。一つの身体に複数の人格が宿ったり、一人が複数のアバターを操るといったことを探求するわけですが、分身ロボットカフェでは自然に行われてきたことなのです。

 

たとえば、ネットワークトラブルで OriHime のカメラがフリーズすることがあります。すると、パイロットはお客さんが見えなくなります。だからといって、お客さんに「すみません、私、目が見えないです」と言うのもカフェ店員の対応として問題がある。そこで、近くにある他の OriHime  に目だけログインするということが解決策になっています。他の OriHime  から第三者として自分の身体がログインしている OriHime を見て接客をするということです。少しややこしいですが、本人はこれでスムーズに接客ができているのです。

 

また、分身ロボットカフェで仕事をしている人の中には、ALS(筋萎縮性側索硬化症)を患う人もいます。ALSは、筋肉が少しずつ弱くなり、全身が動かなくなっていくという病気です。ALSのパイロットは、目の動きを読み取る「視線入力」で OriHime にログインをしていることがあります。視線入力の場合、接客対応でどうしても間が空いてしまったり、操作のトラブルが起きたりします。その際は別のパイロットが同時に、同じ OriHime にログインし、ふたりで一つの OriHime を動かすことで、接客をサポートするといったことが自然に行われていました。

 

複数の OriHime をつかって子どもを追いかける、といった場面もありました。この際、ひとりの視点だけでは、すばしっこい子どもを見失うことがあります。そこでひとりのパイロットが他の OriHime にも同時にログインし、自分が追いかけている様子を自分で第三者の視点で見る、ということが実際に行われていました。こうすることで、より周辺環境を詳細に判断できるため、追いかけやすくなります。パイロットにはシューティングゲームなどにおける、主観と俯瞰の違いのようなものとして感じられています。

 

さらにOriHime 操作歴4年のベテランのパイロットは、4台の OriHime を同時に動かして、お客さんをとり囲んで遊んでいたこともありました。私がそれを見て「すげえな」と呟いたら、後にいた OriHime から「どういたしまして。それほどでも」といったコメントが返ってくるということもありました(笑)。そのパイロットは、実は5台にログインしていたのです。

 

このように分身ロボットカフェでは、目、耳、そして身体を増やし、コミュニケーションをするのが当たり前になりつつあります。「増える」ことに慣れてしまうと、もはやひとつの身体では満足できなくなるということなのかもしれません。

 

また、一体に複数のパイロットでログインすることが、操縦スキル向上に非常に役に立つこともあるようです。操縦スキルを向上させるにあたり、先輩の操作するに OriHime ログインすることで、先輩の技を盗むわけです。

 

プロジェクト「サイバネティック・ビーイング」では、これらの経験則的な事例に対し、エビデンスを作っていくようなアプローチができると良いと思っています。事例は絶えず生まれていますので、うまく産学連携につなげていければ、と考えています。

ロボットと社会の接点をより自然にする

孤独な人がコミュニティへの帰属心を持つことができれば、次にすることは自由な外出です。外出し、人の営みに積極的に参加をするということです。

 

人が自信を持ち、豊かになるために必要なことは、たくさんの人とコミュニケーションをとることだと思います。人は外出をしますが、その多くは人に会うためです。特定の約束がなくてもいい。何らかの人の営みに参加するために、私たちは服を着て、電車に乗って、人がいる場所へと出ていくのです。人の営みに参加することによって、私たちは社会の中での役割を見つけていきます。その積み重ねが社会そのものであると私は考えています。

 

分身ロボットカフェにあるのは、すべての人が身体の事情に関係なく、楽しく過ごすことができる、いわば未来の日常です。しかし現代の日常において、分身ロボットを使って人の営みに、より自然に入っていくためには、まだまだ技術、法律、文化など、さまざまなハードルがあります。社会の仕組みそのものを変えるのは難しいかもしれませんが、テクノロジーを使いながら、社会へより自然に関わっていくためのツールはデザインできると思っています。分身ロボットカフェも、ロボットの接客はお客さんによっては実験的に映るかもしれないですが、カフェという体験自体は一般的なものと同じものです。このように、体験は変えず、新しいテクノロジーをうまく加えることで、人生経験の質と多様性を拡大することが当面のアプローチだと思っています。

 

体は動かせないけれど、OriHime を使うことで新しい人と出会えたり、人生経験を積んでいくことができる。OriHime と出会った人も自然にそれを受け入れていく。OriHime を通して生まれる人の関係性自体が価値であると私は考えています。

 

(聞き手・文 森旭彦、聞き手 小原和也)

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